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2020年12月29日

 鏡の向こうから赤茶色の瞳が見つめ返していた。

 見なければならない。自分の身体のことだからだ。そう言い聞かせるように、同じくらい他人事のように、洗面所の鏡を覗き込んだまま動かないでいる。充血した目の真ん中で、それもまた動かないでいる。動けないでいる。

 やっぱり赤くなってるよ。

 例によって原因は分からない。もともと色が薄い方だったけれど、今月に入ってからもっと明るくなってきているような気はしていた。気はしていたけれど、時間が無いので放ったらかしにしていたら、徐々に赤みが増してきて今に至っていた。

 サングラスをかけて職場に行くわけにはいかないが、年始までに落ち着いた色のカラコンを工面できるとも思えなかった。一応、ゲーム仲間に頼れば金属色素で染める伝手が無くもなかったが、こんな一時的な何か、あるいは病気かもしれないものに対してそれはハイリスクすぎる。

 加えて――この、うんざりするような空色の髪の毛だ。

 指でよけていた前髪がぱらりと滑り落ちた。こちらは原因がはっきりしていて、先週、風呂場で転んで頭を打ったショックでこうなった。ルームメイトにはイメチェンだと言って誤魔化したけれど、彼は外出のたびに黒のヘアプリントでこれを隠す僕を見てどう思っているのだろう。

 ただただバカだと思っているに違いない。

 そうであってほしいくらい。

 身体が怠かった。となりの浴室の風呂釜に横たわる自分の死体すらどうでもよくなるほどに、疲れを感じていた。あの死体は、先程まで風呂掃除をしていて、替えのカビ用洗剤を出すために少し離れた間に現れていた。

 慣れっこなのだ。おとといの朝も冷蔵庫の中にいた。わざわざ仕切りを外して押し込まれており、扉を開いた瞬間に転げ落ちてきて脳みそをぶちまけたので、あれは流石に驚いたけれど。そして僕の悲鳴を聴いたルームメイトが様子を見に来た時、フローリングには割れた卵パックが叩きつけられていただけだった。

 呆れた顔をした彼の向こう側で、つけっぱなしのテレビのワイドショーが騒いでいたのを覚えている。年末の街の賑わいの中で、軽快なリポーターの声が《おめでとうございます。全ジパング市民の中から、あなたが来年のキリウ君に選ばれました》。

 けれど僕が我に返った時、画面の中では、先週の週刊誌でナマコの密漁をスクープされたアイドルグループの謝罪会見が行われていた。いいや、画面が見える位置に自分は立っていた?

 ――。

 ゴム手袋をはめて自分の死体のまぶたをめくった僕を、血のように真っ赤な瞳が見つめ返していた。

 心臓がうるさいし耳鳴りがしていた。たぶん、洗剤を流してこの場所を離れれば、次の瞬間にはこんなものは無かったことになっている。だから僕はそのようにした。

 冷え切った部屋の中、電気ケトルにコップ一杯分の水を注ぎながらふと考えた。この部屋にルームメイトなんかいないのに。