第三章
…死合いは一瞬であった
店主が刃を降り下ろさんとしたその刹那
直弼が密かに半分開けておいたふすまから 野犬が飛び出し
店主の脛椎を噛み砕いたのだ
南蛮銃は 導火線に火をつけなければ 弾を撃つことはできない
野犬が醜悪な店主を食い散らすのを 傍らで見つめながら
じっと 導火線が短くなるのを待っていた
気を見計らって 直弼は火薬に着火し 引き金を思い切り引いた
ガーンと銃声が鳴り響き
凶弾に野犬が倒れた
………
直弼が野犬の側でうずくまり、
何かの咀嚼をはじめてから
数刻が経っていた
「やはり 生 にかぎる」
腹を不自然なほど膨れ上がらせた直弼は
見つかるわけには行かぬとばかりに 走り出した
衣服はもとより
その口周りは深紅に濡れ 寝不足により双眸は血走り
足は夢遊病者のようにおぼつかなかった
その姿が
かつて城下町を恐怖に貶めた
「人斬りの哲」に瓜二つなのは
偶然であろうか?
もはや直弼を止められるものは
誰もいなかった…