第九章

手足には石がまとわりつき

身体中に泥が循環している

酔いから冷めた直弼は 昨晩の

数えきれないほどの嘔吐によって 衰弱していた

 

傍らにペリーはいなかった

何処かではぐれてしまったのか 

昨晩の出来事を思い出すのは 不可能と言っても 差し支えなかった

 

直弼が顔を上げると 

夕日を背後に ひとつ影が伸びているのを見つけた

それは紛れも無く 敵意を以て 直弼に近づいてきていた

 

「お主は 直弼か」

影が声を大にして 直弼に呼び掛けた

 

不意に辺りを見回すと

烏のがーがーという 鳴き声が

幾重にも折り重なり その数は 百にも達しようか

血を求め 肉を求め 

この光景に直弼は 戦慄すると共に 激しい嘔吐感に駆られた

 

二日酔いである

 

その問いに直弼が答える気がないと分かるや否や

イヤーと気合い一閃 刀を振り上げ 直弼に向かってきた

 

「貴様は幕府の犬か ゲスめが 俺に近寄るんじゃない」 

まるで口から蛞蝓のように 汚ならしい糸を引きながら直弼が  嫌悪感も新たに 

これまたジトッとした 蛞蝓のような汚ならしい声で叫んだのであった

 

「幕府の命にて 貴様を討たせてもらう 覚悟をせい」

逆光を受け白銀の光をはなつ刃が 直弼の耳元に降り下ろされた

 

もはやこれまでか と思われたが

不運にも 幕府の討伐人は 

直弼が昨晩から撒き散らし続けていた とろろ蕎麦によって 足を滑らせ

刃は目標を僅かに逸れた

 

そして 直弼の懐には

南蛮渡来の…