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6.羽のない扇風機

 冷凍チキンカツ中毒の患者がメーカーを訴えていた頃、キリウ少年は、粗悪な扇風機をどうにかして食べる方法を考えていた。

 ちょうど同時期に、料理界百年に一人の天才と称されたナポポリ=タタンとかいう名の料理研究家が、番組収録中の事故で死んだ。生前の彼女が考案したレシピは、重篤な味音痴を含む多くの人々を虜にしていたので、あまたの俗物も彼女の死を心から惜しんだ。彼女が出版した本の通販レビューは、内容と一切関係のない追悼コメントでいっぱいになった。

 しかし当局には事故死として扱われたものの、その実彼女は、トマトケチャップのオーバードーズで自ら命を絶ったのだった。気管に詰まっていた彼女の吐瀉物は、トマトの豊富なリコピンで血のように赤かったという。

「なに、君、扇風機を食べようとして口の中を切ったの。バカじゃないの」

 口からケチャップのように赤い血をぼたぼたとこぼしながら、小さな診療所にやってきたキリウは、脂ぎった医者にゴミを見るような目で見られてイラついていた。こんな街の開業医の元を訪れる患者なんて、ほとんどが後ろめたいバカだろうし、その上キリウのような子供では心底舐められるものだった。

 それでも、こういった場合に適当にトマトを処方してこないだけ、良い医者でもあった。医者はサービス業ではないのだ。

「しみるから、速く治る薬ください」

 そう言う少年の目がギラついていて、怖いというか危ないので、医者は身の危険を感じた。そして看護士にこっそりと盗塁のサインを出した。

 しかしサインを見抜いたキリウは、甲子園の夢を断たれる恐怖にかられて慌てて弁明を始めた。その異様なハイテンションに、医者は思わず握っていたボールペンを取り落とした。そこにキリウが超絶テクの変態トラップを決めて枠外シュートしたことにより、医者の脂ぎった悲鳴が上がったのが最後だった。

 看護士に取り押さえられたキリウは、頭のヤブ医者に引き渡されて、脳髄液をトマトのジュレと置換された。全てはトマトケチャップ、世界はリコピンの見た夢、ナポリタンの皿の上で……。