孤独な存在に惹かれる人は、えてして自らも心のどこかで孤独を感じているものだ。そうでないなら、別段惹かれてなどいないのだ。ていうかひやかし? ひやかしなの!? ここまで来たからには、お前も孤独になってもらうよ!? 永遠に!!
それは知らんが例えばこのユコはケンカ狂いだった。趣味の一環として他人に暴力を振るうのが大好きな少女で、もちろんそんなことを頭から理解してくれる人などいないが、そのへんは特に気にしてはいないらしい。罪もない人を傷つけることを悪びれない程度にはひどい思考回路をしており、しかも彼女は、それがひどいということを知っていたのだ。
住民登録(※)のある住民に占める住民率が極めて低いこの街ですら、彼女の趣味は限りなく凶悪な部類だった。その点以外にあまり問題がないことが、むしろ彼女の何より不気味なところなのかもしれない。
※十三年前に行われた町民生活センター日陰者街支部による調査結果(※※)によれば、この街における住民登録という制度の認知率は三十パーセント。
※※二百人を対象に実施された街頭アンケート『D6D8-全国一斉支持政党調査』の『弐.あなたは住民登録という制度を知っていますか?』に対して『ヰ.マルボロ』を選択した人数は三十人。
「ユコ~」
その日、アラビア糊の試飲のアルバイトを斡旋するアルバイトで儲けたキリウ少年がユコに声をかけたのは、夕方のことだった。彼女の右手は血で汚れていた。平気で血しぶきを散らかすようなケンカをする神経が、キリウにはいまいち理解できないが、タガが外れっぱなしの人だけが持つ、ある種の才能のようなものだと感じていた。
路地から大通りをぼんやり眺めていた彼女は、学校の制服に変な趣味の上着を羽織って、情操教育が足りてなさそうな顔をして、でもまっすぐにキリウを見た。短い髪の裾を血のついた指でいじりながら。
「あ、キリウだ」
「そうだ、俺だ。人類みな、このままじゃ十中八九、九死に一生を得損ねるって。得たければ去年の年賀状を買えと、向こうの通りの金券屋に吹き込んだら……信じた」
つまりほぼ死ぬってことね。ユコがそう言って笑うと、キリウはくしゃみをした。おのれがこれから話そうとしていたことが、死ぬほどつまらなかったからだ。そして一歩踏み出すと、何もないところで転んだ。そんな話するなって天啓だった。
何者かが凶器じみたものを引きずる音が、何ブロックか離れたところから、また遠くの建物の壁にこだましていた。この街を徘徊する危険人物は多く、夕方から深夜にかけてその数はうなぎ上りと言えた。ユコは外へ遊びに出てはそれらを捕まえて、よく暴行を加えているのだった。今日もまたそうだった。
なまじ彼女自身にそれができる力があるから、なし崩し的にダメになっていくのかもしれない。自分が傷つくことよりも、相手を傷つけたい衝動の方が強いのである。かように彼女の魂は絶望的に元気であり、生傷にまみれている。
キリウはそんな友人を心配に思ったりはしなかった。個性は大切にすべきだと、本にも書いてあった。乾いた血の欠片が爪に挟まったユコの手に助け起こされながら、キリウが見下ろしたコンクリートの地面には、誰かの生爪が剥がれて干からびたものが転がっていた。
「ありがと。よければ、今から行きませんか……地下刑務所に?」
「何それ」
「一昨日オープンしたんだって。カステラもらえるって」
その誘いに案外乗り気らしい顔をしたユコを見て、キリウが笑ったら、ユコもなぜか笑った。笑うカドには頭ぶつけて死ぬのだと、昔キリウは彼女に間違えて教えた。そして二人で歩き出した。
孤独かそうでないかは関係なしに、キリウにはユコがまとう血糊のどこまでが彼女のものだか、判りかねた。