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151.火葬タワー

 黒々としたがれきの大地の真ん中に、先端から朦々と白い煙を吐き続ける灰色の塔があった。

 火葬タワーだ。『火葬タワー』駅の目の前に建ってるんだから間違いない。その名の通り、この塔には近隣の路線じゅうの死体が集められてきて焼かれるのだ。仮面を着けたエプロン姿の若者たちが、列車から降ろされた色とりどりの棺桶の山をベルトコンベアに乗せてゆく洗練された動きは、ある種のパフォーマンスでもあった。

 そうして流れてきた夥しいまでの棺桶を、この塔はごうごうと音を立てて食らっているのだ。その様を、限りなく遠い眼をしたキリウ少年が星の下から眺めていた。

 星の下というのはひねった言い回しでもなんでもなく、そのままの意味だ。この塔の天辺には、煙突で貫くようにして巨大な星型の物体が据えられている。星の付け根からは無数の伸びきったラッパが四方八方に飛び出しており、キリウはちょうどその一本の上でアメーバ状になっていた。この星とチューブの異様なシルエットが祝祭日の夜のライトアップでは煙と相まってセレスチャルな雰囲気を醸し出し、『オーラの質を高める観光スポット』ランキングの常連なのだという。

 ラッパのくすんだ金属表面から伝ってくる煙突の熱と、遥か下でごうごうと燃え盛る炎の気配は、キリウの心と身体を原形をとどめないほどに溶かしていた。神をも恐れぬこの建造物は、ことさら大きな電波塔の外側を水飴とコンクリートで固めて造られていた。その事実にキリウが気づいたのは、油虫がへばりついた接合部と、ラッパの陰で唯一剥き出しのままの制御盤を見てのことだった。

 灰まみれのビニールをかけられた通信機のとなりで穏やかにたたずむ計器は、とても落ち着いた数字をしている。きちんと点検されてるのだろう、今しがたも首に命綱を巻いた職員が登ってきて、蓋を開けてノブを回していたのだ。職員はこんなところに居るキリウを見つけても、この世で一番面倒くさい物を見たような顔をしただけで何も言わなかった。

 ――。

 蓋を開けて、ノブを回して?

 その違和感にキリウがようやく気付いた時には、職員はとっくに塔の中に戻ってしまっていた。ぱりぱりになったテープをビニールの上から巻かれた通信機は、長い間それが使われていないことを物語っていた。キリウがやっていた頃とは手順が変わったのだろうか? それともこの辺りでは、電波塔の数字を直接修正するように指示されているのだろうか。

 ずるずるとラッパの管を通って展望室に戻ってきたキリウは、くしゃみをして固形に戻ると周囲に先程の職員の背格好を探した。しかし、ごった返す観光客や火葬の参列者に阻まれて叶わなかった。そのうえで更に、大量の芋を抱えて無暗に走り回っている者などがいるからタチが悪い。

 思わず白い壁を見つめて落ち着こうとしたキリウの目に、フロアの片隅に置かれた金属製の天使像のシルエットが飛び込んできた。大きな翼をつつましく広げ、頭に職員の帽子をかぶせられたその像の台座には、こう刻まれていた。

『天に近づきすぎた彼らを偲んで』

 パンフレットによると、塔から落ちて亡くなった職員たちを祀るために作られた像なのだそうだ。

 天――天の国。塔の真ん中をぶち抜く煙突がびりびりと震え、展望室のむせ返るような空気を一層あたためている。天井より高いところで、エレベーターの滑車がガタガタと回る音がひっきりなしに響いていた。大きな箱が小さな箱を、死んでる人と生きてる人とを満載して行ったり来たり。

 入口と展望室以外のこの塔の全てのフロアには火葬炉が設置され、昼も夜も無く運び込まれる死体を焼き続けているのだ。キリウがトランを連れて歩いていたら、燃え残りの骨が動いているのだと思われて騒ぎになりかけたので、さっき外に逃げたときに放してきてしまった。

 この路線と周辺のいくつかの地域では、空に近いところで生き物の死体を焼くことで、天に昇った魂が星になるのだと信じられていた。キリウの感覚だと、死体を骨になるまで焼くだなんてのはかなりの犯罪のように思えたが、そこらへんは文化の違いだろう。埋めればがれきに還るとキリウが思っているのと同じように、この塔に死体を送ってくる人々は、焼いたら星になると思っている。

 死体を埋めたり掘ったりして生活していた経験があったキリウは、この塔を見ていると不思議な気持ちになった。キリウにとって死体は礫葬に付すものだった。先輩に「死体が足りない」と凄まれて渋々がれきを掘り返したら、案の定半分溶けた死体が出てきたけど、それはそれで。

 ともかく、そういう文化だから塔の天辺にも星が飾られているのだ。展望室のお土産コーナーでは、『ほしになったかまきり』『ほしになったりんご』『ほしになったおんなのこ』といったシリーズものの絵本が売られていた。

 キリウが見本品を後ろの方からめくると、つるつるした濃紺色の鮮やかなページには、色も形も様々にひしめく無数の星々が描かれていた。その片隅に立ち尽くす小さなエメラルドグリーンの星の姿から、シーンは始まっていた。

 

  ほしに なった かまきりは
  めいっぱい さけびました。
  「ちょうちょさん かまきりだよ。
   わたしも ほしに なったよ」
  すると しろい ほしが とんできて
  ぴかぴか ひかって いいました。
  「こんにちは かまきりさん。
   ずっと あなたを まってたよ」
  ほしに なった ちょうちょを みて
  かまきりは あやまりました。
  「ちょうちょさんの しろい はねを
   たべて ごめんなさい」
  しろい ほしは ぴかぴか わらいました。
  ……

 

 死んで星になったとき、生まれながらにして持つ罪が赦されるという教えだった。もっとも、このタワーはいつからか虫の死体の持ち込みを受け付けなくなったと言うし(※)、それ以外の罪がどう扱われるかが気になる場合は小説『星になれなかった罪人』を読む必要があり、対象年齢が少し上がるのを留意すべきだ。

 ※「虫と一緒に焼かれたくない」というクレームがある時期から急増したのが原因だとまことしやかに語られることが多いが、その言説には裏付けが無い。当時の世論と報道の変遷を詳細に追ってゆくと、この件は非常にゆるやか且つ大規模な集団ヒステリーだったことが分かる。

 が、そんなことはどうでもいい。ふいに現れた白い羽という言葉に、キリウはそっとコランダミーの方を見た。

 観光客に混じってひとりガラスに張り付き、下界を見下ろす彼女の細い背中には、どういう羽も無かった。その右手に下げられたおみやげ袋の中身を手に入れるためだけに、彼女はこの塔に登りたがってキリウの腕を引っ張ったのだ。そりゃーもうコロコロと駄々をこねて。

 先程におやつがてら、赤の他人の遺骨をかじりながらキリウがよくよく聞いたところによると、コランダミーには死後の世界に類する妄想が無いようだった。無いと思っているのではなく、本当に何も考えていないのだ。そのことは、彼女が目に見えないものを好いていると思っていたキリウにとって少し意外だったが、同時にキリウが薄々予期していた答えでもあった。

 なぜなら彼女は人形だからだ。

 そしてキリウは死後の世界をまったく信じていなかった。

 コランダミーは今も何も考えていなさそうな横顔をしていて、しかしそのガラス玉の瞳にはどこか物憂げな光があった。その理由はたぶん、ここから見える一帯のがれきがほとんど真っ黒だからだ。『白い花』が少ないと彼女は寂しがる。

 彼女の向こうで暗くなり始めた空と黒い地平線とが、キリウの記憶の中のどこかの景色と重なった。べつにそれが何処であろうと構わなくて、ただキリウはふと、人が死ぬとがれきが黒くなるんじゃないかと思った。死体から滲み出す汁を吸ってか、死体を焼いた灰をかぶってか、白いがれきは黒く染まるのかもしれない。そうでもなきゃ……。

 そのとき急に、観光客らが外を指さして一斉に騒ぎ出した。こぞってカメラを構える彼らの視線の先にいたのは、どこから貰って来たのか、尻尾にイカした緑色の炎を灯して、めちゃくちゃ得意げに飛び回っているトランの姿だった。