29.親知らずが生えたオキアミ、試しに仲間を甘噛みしてみる「うわ、濃厚…これは癖になるのもわかる」鯨界との和解も間近である

ヘパイストスが探しているという『フランスの女神』

名前は、メリジューヌという、呪いよって妖魔へと姿を変えられても、なお、自国の城に起こる悲劇を想い、涙した、心優しき妖魔

高潔なる魂を持った、まさしく女神という名前が相応しい、気高き蛇を探していた

桃式昇降機(エレベーター)で探索していないところは、結構な数があった

昇降機の前に、破砕不能の桃壁(かべ)がせり出し、降りることすらままならぬフロアが多数出現したからであった

当然、そのフロアには逃げ場はない、どの神が捕らえられているか、最後に確認したのは

3Fのメリジューヌ、自らを蛇の姿に変え、桃壁の呪縛から逃れたのであった

そして、B3Fに住む……ロキ

奴は…全てを欺く(あざむく)、純白の仮面の下に隠された素顔は、何を考えるものか

ヘパイストスには不安しかなかった、一刻も早く、メリジューヌを、地上の人々に、高潔なる魂を以って(もって)、希望を授ける為に

ブチッ…ツツツ…

昇降機の扉が開く、3F、目的地であった

「メリジューヌよ! 我が名はヘパイストス! 貴女の力が必要なのだ! どうか! 力を貸して欲しい!」

ヘパイストスは叫んだ、そして、走った、その最奥にあるメリジューヌの部屋に

廊下の端に辿り着いたヘパイストスであったが、目の前に鎮座する『その姿』を、見たときに、酷く混乱した

そこに待っていたのは、待っていたモノは

10mはあろうかという、巨大なるクチナワ、大蛇であった

その煌びやかな緑色に輝く鱗は、確かに、メリジューヌのものであったが、本来のメリジューヌの姿は、上半身が女神、そして背に龍の翼を生やし、下半身が蛇に変えられた美しき『呪いの姿』

しかし、蛇に姿を変えるといっても、己の姿よりも小さな姿に擬態するのが精一杯のはずだった

それが、なぜ、何があったというのだろうか

「メリジューヌ、なのか…?」

フシュル…シュルル……大蛇の呼吸音が返事をするかのように、その答えを出すかのように、舌をチロチロと出し入れしている

「しかしどうして、あの突然の変異からは逃れられたはずでは!? 少なくとも、貴女の力では、そこまでの変化はできぬはず」

大蛇は、ゆっくりと、ヘパイストスに近づいてくる

そして、奥に、暗黒の中に、ドアが見えた

「ここに入れ、というのか…」

シュルル…シュルル…

大蛇の呼吸からは、悲しみの声が聞こえた気がした

ガチャン、ドアは簡単に開いた、しかしその奥に待っていたものは…とても、神ですらも形容詞がたき、『肉の柱時計』

その振り子は、中央で止まっている、一体ここで何があったというのか

「あなたは、ヘパイストスですね、呼び掛ける声が聞こえました」

異様な雰囲気が覆い尽くす暗闇の中から、女の声が聞こえた

「ああ…しかし、貴女は、いったい誰だというのだ」

闇に溶けるように蹲った(うずくまった)女が、ゆらりと、立ち上がる

「私の名前は、スクルド、未来を司る力を持つ女神、そして、そこの柱時計が…私の………『姉達』です」

悲しげな瞳で、震えた指で、ソレを指差す

「なんということだ…桃の変質に巻き込まれたのか…?」

「いいえ、私たち三姉妹は、それぞれ、過去、現在、未来を司ります、しかし、神ヶ島が突如何者かの手によって、全てが変質してしまいました」

それはヘパイストス達、かろうじて無事だったものは知っている、だが、だが、なんなのだ、この異様な物体は

「ソレは…私の姉達、ウルド、そして、ヴェルダンディ、『忌まわしき過去と、忌まわしき現在』を封じました、二度と目醒めぬ程の力を使って、神ヶ島の時間を、止めました」

「なんということだ…」

ヘパイストスは、神々の溢るる力で時が過ぎぬのかと思っていたが、現実は、何ともおぞましく、献身的な、余りにも酷い(むごい)『現在』であった

「変質が…これ以上進まぬように…」

「そうです、ここに異変が起こった時、私は未来を見ました、そして、見てしまいました、全ての神が、肉の壁に押し潰され、力を絞り尽くされる姿を」

「では、もしや、戸口に立っていたメリジューヌは、貴女が『成長』させたのか、力を吸われぬようにと」

閉鎖されたフロアだけではない、地下にいるアラハバキにしてもそうだ、神々は分断され、力を吸い取られようとしている

「私は一度、壁に捕らえられ、胎児の姿にまで戻されてしまいました、しかし、私の『成長』の力で、何とか、元の姿に戻りました、そして同じフロアにいたメリジューヌを助け……力が尽きてしまい動けぬままにいたのです」

どうする、どうする、信仰は、人々の希望は、神々の力の源は……!!

「騙せばイイんだよ」

項垂れる(うなだれる)ヘパイストスの後ろに立つ男

道化を演じ、本性を見せず、全てを欺く神が、そこにいた

ヘパイストスはこれ以上、我慢ができなかった

「ロキィィ!! 何ということを! 人々を騙すというのか!! 貴様には希望の糸は見えぬのか!!」

「まあ…そう…怒るなよ……」

そう、言い終わると同時に、目の前にもう一人、ヘパイストスが出現した

ロキの『変化(へんげ)』である、これほど高度な変化を使えるものは、ロキの他にはいない

「ワタシの…(馬…)この…(鳥…)万物へと…(ゼウス…)変化する…(アテーナー…)力を使ってなァ(メリジューヌ………)」

「貴様の力を使えば、民を洗脳することも可能であろう、そうして民達の希望の縁(よすが)になればよかろう、貴様ほどの力を持った神が、なぜ、メリジューヌの姿を借りる」

ヘパイストスは困惑していた、この男は過去に、地上に憎しみと、禍(わざわい)を振りまき、地球上を戦禍に陥れた事がある

それもただの気まぐれでだ

こんな奴を信頼していいものか

いや…決して…『惑わされるな』

「かい?」

「俺の…心を、読んだな……」

「あのゼウスジジイも色狂いのヘラババアもイッちまったみてーだしよぉ、今この中で生きてる神の中で、いっちばーんチカラが強いのは、一体、ダ・レ・ダ・イ?」

屈するのか? しかし、他に道が『無い』

「ワタシには全部…分かってんだぜ…あのクソザルのせいで世界中がオカシクなっちまってる事もよォ」

「何のことだ…? 何か…確信を掴んだのか…?」

「イーーヤ、視たんだよ、この神器でな」

ロキが手に持っていたもの、それは、ロキ、トール達の故郷、天界アスガルドの番人、ヘイムダルの望遠鏡であった

「貴様…それを…いったいどうした…まさか…殺して『ないぜ』

またもや頭の中を探られる、嫌悪感、しかしそれは先程までのネバついたような感覚とは違った

「ヘイムダルはな、兄貴はな…親父はな……このオレなんかを生かすために…オレに力を与えて、死んじまった………」

その仮面の下に潜む表情は窺い(うかがい)知れぬが、深い深い悲しみが募った(つのった)声だった

「ロキ、貴様……貴公よ、俺は貴公を信ずる、どうか力を貸して欲しい、だが、これ以上人々に、絶望を与えないで欲しい」

「…………あぁ、信じてくれて…嬉しいよ」

そして、決して動かぬ柱時計の前で、約束の契り(ちぎり)が交わされた、互いの神器の交換である

「ハハ、ワタシが槌(つい)を持つとはな、まるで、まるで兄貴のようではないか……」

ヘパイストスは己の鍛冶道具である槌を、ロキは、何色にも変化する槍を象った(かたどった)光を

メリジューヌは、扉の外から少しだけ顔を覗かせ、その契りを見ていた、そして、ほんの少しだけ、喜んでいるような、シュルシュルという呼吸をしたのであった

いよいよ地上へと降り立つ神々は、小さく穿たれた穴の前で、いそいそと支度を始めた

急ごしらえのピチピチのスーツを身に纏ったアテーナー、まだ幼く、力を満足に扱えぬアマテラス、首だけのヘルメスを抱きかかえた、仮面の道化、ロキ

四人の神が、今、地上へ降りようと…

「少し待て、アテーナーよ、貴女は武器を持っているのか」

「なんですか、水差しちゃって、全く、私がこの姿を保っているのも、全て『アイギスの盾』のおかげなのですよ、持ってるに決まってるじゃ……あ……(失くした~~っ)」

「ハハハ…そんなことだろうと思った、これを持って行け、ロキの槍だ、貴女ならば、己のもののように扱えるだろう」

「早速渡しちまうのかい…契ったばかりだというのに」

ロキは呆れた口調で首を振ったが、アテナの慌てっぷりに、どうやら、皆の緊張の糸が解れたようだった

「俺たちは、メリジューヌ、スクルド共に、ここに残る、まだ動ける神がいるはずだ、それを探す、それにまだ、アラハバキと話す事があるからな」

「元気でな、ヘパイストス、助けてくれてありがとうよ!!」ロキに抱えられたままのヘルメスが、ヘパイストスに別れの言葉を告げる

「それじゃあ今から、このキラキラの糸を辿って…『突っ込めばイイんだなァ!』ロキは瘦せぎすの男に姿を変え、ロキの変化と思考の読み取りに驚きまくり冷や汗を流しまくりのヘルメスと(とりあえず)共に行く

「おりればいいんですね!」

アマテラスはさっそく力が溢れ出し、全身を火の玉に包み、衣服を燃やし尽くした

「あ、あれ?私の黄金の糸は…あれかしら、ああ、飛んで行かないで…」

あまりにも小さい穴に、尻が引っかかり、もがきながらなんとか外に出たアテーナー

そして、地表に神達は、降り立った

か細い希望の糸が、今、紡がれようとしている、『神』と、『人』の手によって