24.捕鯨活動推進運動、オーストラリアにて活性化、近海に棲息するクジラたちは初めての狩りに興奮を隠せない様子
「おっ、おっ、おい! お前っ、いやあなた、エディだろ!」
冷や汗でじんわりと濡れたシャツと、ハンディマイクを持った男が足早に息を切らせながら、ガウンを着て空を見上げる若い男に声をかけた
「うん、ぼくはエディだよ、おじさんは、誰だい?」
「わっわっ、私は、実況席にいたのだよ、あなたの試合のゴングを鳴らしたんだよ!」
「ああ! おじさんがゴングを鳴らしてくれたんだね、ぼくさ、その『音』じぶんで聴くの初めてだったから、嬉しかったよ」
ガウンを着た男は振り返った、この地獄のような様相にも関わらず、まるで…普通の青年だった
「あ、あの試合は録画してあるし、なにより、あなたはあの悪魔を倒したんだ、み、みんな、喰われて、もうダメかと思った、でもあなたは……あの悪魔を、た、たおしてくれた! わ、私には、あなたが希望の光に見えるよ」
「そうかい?ぼくには…なにも、見えないけど…、あのさ、おじさん、その『希望』って言葉はどんな意味なんだい?」
絶望と深淵の闇の中を彷徨い歩き続けてきたエディは、光を知らなかった
「それにおじさん、さっきと違って、ひどくあわてんぼうさんだね」
エディはクスりと笑った、サム以外の人間の前で笑ったのは初めてだった
「き、希望!? そうだな…希望というのはな……、ハァハァ、ダメだ、わたしはマイクを持ってないと、こ、こわくて…」
「おじさんは、こわいのかい? 空も空気も、いつもと変わらないよ、だってほら、太陽だっていつもと同じに光っているじゃない」
エディはまた、面白いものでも見るように、クスクス笑った
路地には屍犬に食い荒らされた遺体が散乱し、ハラワタの強烈な悪臭が漂っていた
ワシントン広場の水面は血の色に染まり、他の競技を見に来ていた観客の死骸が浮かんでいる
太陽は暗黒に染まり、もはや吹いてくる風は、死の匂いを運んでくる
「これが……いつもと…同じだって……」
「ちょうどいいやおじさん、ぼくさ、ワシントンのはずれのほうにすんでたから、こっちの事はよくわからないんだ、ぼく、疲れたから家に帰りたいんだ、おじさん案内してくれるかな」
なんて爽やかな声なんだろうか、なんて力強い声なんだろうか、なんて、寂しい声なんだろうか
実況のおじさんは、エディの眼の奥を見た、悲しみと、そして、暗い暗い闇しかなかった、涙が、溢れてきた
「エディ……エディ、わたしと一緒にきなさい、さあ…エディ、帰ろうか」
こんな年端のゆかぬ若者が、心に闇をたずさえて、なおも笑おうというのか
エディ、人生でもう一つの出会いであった
いや、そしてもう一つ…
……
「お待ちなさい、人間たちよ」
とつぜん空から降ってきた、女の人
「お姉さんは誰だい? 今日は、知らない人が、いっぱいぼくに話しかけてくるから、なんだか、嬉しいや」
その女、いや……女神、名前をアテーナーという
黒天をまばゆい光で晦まして(くらまして)、世界を光で包んでしまうほどに神々しい姿
実況のおじさんは、天女の降臨に、無意識に祈りの格好をとっていた
「おねえさん! ぼくたちね、家に帰るんだ、よかったらおねえさんも一緒に、お家にこないかい? おいしいオムレツを作ってあげるよ」
エディは知らない、神を知らない、神という存在を、知らない
「わたしの名前はアテーナー…そうね、あなた達では発音しづらいかもね、アテナと呼んでください」
「そして、エディ、あなたの闘いぶりは、天から見ていました、よくぞ、人の身体であのエリゴウルの眷属を倒しましたね、見事です」
純白のスーツに身を包み、金色の靴、髪飾り、腰まで伸ばした透き通るような色の美しい髪、そして、槍
アテナの姿は、人間界に合わせたらしく、三姉妹の中で辛うじて生き残っていた、スクルドに急を要して作らせてもらった特注品である
「……」
しばし沈黙するエディ、そして、こう続けた
「あたりまえじゃないの、ぼくは、ボクサーなんだからさ…ボクサーはぜったいに、負けないのさ」
エディは、また、可笑しそうに、笑った
それまでひとりだったエディに、たくさん友達ができた一日だった
そう、二人でも、エディにとってはたくさん、たくさんの出会いだった