23.線香花火の大量生産が追いつかずに工場のキャパシティが大いにオーバー。工場長「どうなることやら、HAHA!」両手を肩の上で広げ(アメリカ人のポーズ)

「そこの小僧、貴様は言ったな、この俺が相手だと」

「ああ…ここはリングの上だよ…ここに立ったら試合をするんだよ…」

「試合?試合だと??笑わせてくれる」

血塗られたキャンパスから湧き出た亡者たちの手が、エディの両脚に絡み付

「人間よ、俺がここにいる理由がわかるか? 俺たち亡者はな、悪魔はな、貴様らの怨嗟から産まれたものよ、神の声を聴いたことがあるか? 俺たち悪魔の神は言ったよ、『人類を滅ぼせ』とな」

エディの脚には影のような、煙のような、形容し難いものが巻きつき、そして、上へ上へと登ってくる

まるで両脚がキャンバスに根を張ったように…

(試合をするんだよ…試合を…)

「小僧、貴様は何故動じない? おそろしく無いのか? ここに立っているのは人ではないのだぞ、何故叫ばない? 何故竦まない(すくまない)? 何故怯えない?」

(こんなの…なんの意味がある… こんなことでボクサーが倒れちゃ…『こんな程度』の痛みでボクサーは倒れちゃいけないんだ…ねえ、父さん)

皮膚を蝕み、神経網に絡み付く亡者の手、想像を絶する痛みがエディを襲う

リングの外では、屍犬(しかばねドッグ)が人間を食い殺している

それを指令しているのは、鎧の騎士、殺戮ではない、屠殺の光景

「少し聞きたいことがあるんだけど…いいかな」

「どうした、小僧、赦し(ゆるし)を請う気になったのか?悲鳴を上げたくなったのか?」

「それが、あんたの、本気かい?」

(ゴングはもう…なってるんだよ)

上半身を屈ませ、両脚をキャンバスから引き剥がす

潜り抜けるように、騎士の左わき腹にミドルフックを入れる

揺れる、鎧、間髪入れずに右顔面にフック

エディの身体が左右に揺れる、八の字を描くように、エディの身体は振り子のように猛打を叩き込む

人間の技術が、力が、鎧騎士に効くのだろうか?そんなことはエディには関係がなかった

テレビでいつも見ていた、ビデオでいつも見ていた、父さんの得意技

おおっとォ、エディ! デンプシーロールだァァ! 防御を捨てた前進の構え!! 鎧騎士を滅多打ちにしているぞォ!!

アナウンサーの錯乱した声が観客のいないフロアーに響き渡る

(なんども、なんども、なんども、そうさ、なんども…)

(父さんみたいに…お前を……お前を…)

ひしゃげる鉄仮面、金属音を響かせ割れていく鎧、各部位の装甲は剥がれていく

「なんだっ、貴様、なぜ俺に、この世のモノではないこの俺に、攻撃が通じるのだ!」

エディは止まらない、兜が破砕され、剥き出しになった鎧の騎士の顎に、拳(こぶし)を叩き付ける

(そうさ…ずっと練習してきたんだ…こんな相手じゃ…父さんなんかと比べちゃいけないよ)

3分間が経過した、子供の頃から、ずっと鍛えてきた、相手を倒すために、ボクサーになるために、練習したこの動き

人間であったならば、飛び散るであろう赤い血が、騎士には無かった

その代わりに、身体から溢れ落ちるのは、呪われた赤紫色の血液、それは生者にとって、地獄の烙印となる、だが、エディは意に介さない

「貴様…俺の血を浴びて…呪いの血を浴びて…平気なのか……、どうして…ここが…特異点になったのか…わ、分かった…『貴様』だな! 『貴様の心』だな」

騎士はあまりの猛攻に反撃をする暇もない、ただ、哀れなことに、人よりも『丈夫だった』ばかりに、リングに倒れることを許されずに叩かれ続ける

エディは、ジムから会員が去ったことにより、今ままでサム以外の『人間』相手とボクシングをしたことが無かった

テレビで見ていたボクシングは、相手が倒れるか、タイムアップで勝負が決まるか、そして、義父であるサムのファイトスタイルは、『相手が倒れるまでラッシュを叩き込む』ものだった

それを、完璧に、訓えとして、身体に覚えさせたのだ、テレビの中の動き、ビデオの中の動き、相手が倒れるまで…叩き続ける、相手が『倒れるまで』

(知らない…ぼくはお前を知らない…だからもう…終わらせるね…)

ガゴン、身体中の鎧が崩れ始める、剝き身になり、まろび出た朽ち果てた死人のような身体

エディは、今まで、戦ったことがない、ファイターとしての痛みを知らない、そして、ボクサーとしての恐怖を知らない、ただ純粋だった、目的のために生きてきた

エディが人生をかけて、今まで戦ってきたもの、それは、父さんを殺したマボロシ

心の中でマボロシはどんどん凶悪に、悪意の塊に、悪魔のように育っていった、歳を経るごとにどんどん強くなる憎悪の対象

それを斃して(たおして)、斃して、斃して、されど終わらない心の中に巣食う靄(もや)がかった、鉛のように重いもの、悪魔のようなおそろしいもの

3分間の途切れることのないラッシュがつづき、そして…最後のフックが空振りする頃、キャンバスに転がるのは、砕けた顎、折れた両腕、肉が爆ぜ、剥き出しになったささくれた大腿骨、騎士の成れの果て、亡者の粉砕された身体だった

カンカンカン、カンカンカン

エディィィーーー!!! 止まらぬデンプシーにて見事、対戦相手を撃破ァー!! 見えるか、リングに散らばる肉片が!見えるか、この悪魔を斃したエディが!

勝者、エドガーーーサウサーーー!!

カンカンカン、カンカンカン

勝負は決した、レフェリーはいないが、生き残った実況が勝利のゴングを鳴らす

(まだ…こんなもんじゃない…ぼくの中の悪魔は…)

エディの身体には、返り血… 否、それは呪いのようなものであった、アザのように、赤く、そして紫に蠢くアザが、いたるところに染み付いていた

だが、そんなことは、エディにとって、どうでも良いことだった、エディはボクサーとして、戦士として、勝利を収めたのだ

リングロープをくぐり、ガウンを纏い、外に出た

首都ワシントン、まるごとオリンピック会場に改造された競技都市、そしてたった今、亡者たちに破壊された建造物、ハラワタを食い荒らされた人類達

特異点の発生により、外の世界は一変していた、空は雲一つなく、晴天のようだが日の光は陰り、暗く濁る遥か上空の雲の切れ目から、橙色の薄明かりが街に差し込む異様な光景

エディは、アリーナの外にあった、壊れた自販機から転がり落ちたコーラを手に取った

父さんが、試合の後に笑顔で飲んでいた、その飲み物

「ぼくも笑わなきゃね…父さん、どこかで見てるかい、ぼく、試合に勝ったよ」

黒く染まった太陽を見上げながら、エディは、子供の頃のように、ぎこちなく笑った