9.壱万円札に対応した自動販売機、2千円札の釣り切れが頻発するとして、内閣総理大臣に強く糾弾される

足元にグシャグシャに揉み消された吸い殻が3本散らばる頃、谷屋は動き出した

ボーッと分析をしていた

バウンサーは決して対象を逃してはならない、それは、ヤクザの面子にも似た忠義めいた信念である

地面には幾つかの白い粉薬の山が落ちており、パーラー【ヒイヅル】の左手側壁面に沿って、それは600mほど点々と続いていた

後を追って見ると、才納がビルの陰でおもむろに白い粉(おそらくコカインであろう)を吸引している姿に出くわした

「お前はヒイヅルに喧嘩を売ったんだ…それがどういう事か分からせてやるよ」

谷屋はおもむろに、シャツの襟にかけられたサングラスを掛ける

これは、ならず者と本気で喧嘩をするときのスタイルだ

湿った壁×2、ヒイヅルとコンビニエンスストア【12の真言】という、二つの建物に挟まれた袋小路で、才納が絶叫する

「テメーラみたいな奴が捨街にいるからァ! 貧乏人が減らねェンだよォ!」

才納はかがんだ状態から、ゆっくりと立ち上がり、突進とともに殴りかかった

借にパチンコだとしても、ギャンブル場であり、弱者から金を毟る(むしる)ヒイヅルを許せないという人間は、この街には数多くいる

その10割が逆恨みであることは承知の事実である

「ならウチに来るなよ」

谷屋は冷静に正論を言い返すと、半身を捻り、やや大ぶりのアッパーカットを仕掛けた

しかし、目標は消え失せ、アッパーカットは空を切った

コカインの常習者とみられる才納は、人知の及ばぬ反射を見せ、半ば前屈気味に倒れている上半身を、急激にスウェーバック(後屈)してパンチを交わした

コカインの常習者とみられる才納は薬物で高揚しており、また、その作用により筋肉の収縮を自在に行える状態にあった

「人間の動きじゃないな…」

谷屋は冷や汗を一つかき、ならばと踏み込みとともに拳を縦に振り下ろした

これはロシアンフックに酷似した構えであったが、しかし、これもまた軟体の如き身体の動きで躱されて(かわされて)しまう

才納はやや低めの跳躍から、谷屋の脳天にめがけてするどい蹴りを繰り出した

これをモロに食らってしまった谷屋は、コンビニ【12の真言】の換気扇に思い切りブチ当たり、思い切りブチ壊してしまう

高速で回転するファンが飛び出さなかった事が幸運だった

「貧乏人がどういう思いをしながら生きているのか知っているのかァ!!」

追撃に走る才納であったが、普段からコカインではなく重曹を吸引していることが、貧困によるものだと判明したのが、この瞬間であり、これが才納の起源(オリジン)になるとは、誰も予想していなかったことである

谷屋の脳裏に、幼少期の思い出が急激に蘇る

動物園内の猿園で、檻が内部からひしゃげられ、動力パイプが全身から浮き出るサイバーボス猿【エンキドゥ】が逃走、そして幼き自分と対峙した瞬間であった

確か、あのボス猿【エンキドゥ】は、上空10万メートルの大気中に濃密に存在する、ナノマシンを循環させ、身体強化を行ったスゴイツヨイサルだった

元来猿が内々に秘めると言われているマシラの力を人工的に顕在化させたものであるが、それとコカインの作用は幾つかの分子の配列が違うのみで、効能はほぼ同じであると、猿園の看板に書いてあった

そして、【エンキドゥ】の倒し方も、そこに…

迫り来る才納の顔面、にどうやったのか、強烈なフックを叩き込む谷屋

その潜在的記憶を呼び起こした力は、コカイン(重曹)でパワーアップされた才納に匹敵するほど身体能力を向上させていた

 

「まだ終わってねェ!!」

谷屋は、咆哮した