8.イカを丸囓りする男vsタコを丸囓りする男

東京5番地に設けられた廃棄地区(住民による呼称は捨街《すてまち》)は、過去の戦争の傷跡を隠すかのように、住民が節操なく増設したコンテナ、トタン板、電気ケーブル、配電盤、換気扇、あるいはその全てがくっ付いた建物の増築…によって一際(ひときわ)異常な外観をしていた

建物は入り乱れて立ちそびえ、もはや日の光があたらぬ地面にはカビ臭いにおいが漂い、濁った水たまりが数え切れないほどある

そんな中で、パーラー【ヒイヅル】は、捨街の中央に位置し、また、日光を拝む事ができる希少な地となっており、付近の住民からは半ば信仰に近い扱いをされていた

谷屋は昔、ここ【ヒイヅル】の巨大な看板の下に捨てられていた赤子であった

当時のオーナーであり、パーラーを経営していた地上げ屋の村上春樹によって拾われ、そして、ほどほどの愛情を受けて、かなり適当に育てられた

この街では、義親(オヤ)がいるだけマシな方である

 

灰色の雲と、灰塵混じりの風

汚れた空気と、汚れた水

それ以外の物が、この世にあるのか? 谷屋は捨街以外の世界を知らないし、乱立したビルの外には、果てのない道路と乗り越えられないフェンスしかない

屋上からは何かが見える気がした、だから、ずっと空を見上げていた

いつものようにタバコに火を付け、お天道様を見上げ深く煙を吐き出した

 

そこで…パーラー恒例【奈津のコレクトコール】が鳴った

ようするに、この男は、汚い街で汚い空気を吸い、身なりが汚い人間に囲まれ、意地が汚い人間にこき使われる、そんな人生を送っていたのだ

 

…片手で引きずっていた間借の身体を、パーラーの裏のゴミ捨て場に捨てる

才納がどこかに行った、間借を捨てていたわずかの間に逃げおおせたのか、姿が見当たらない

面倒なことになった…失神した間借の前で、タバコに火を付けた

谷屋は、つまり、タバコの煙を吸い込んだのだ、失神した間借の前で

すなわち、失神している間借の前で、谷屋はタバコの煙を深く吸い込んだ後に、深く吐き出したのだ

レザーのジャケットと、ダークグレーのジーンズのシワが、草臥れ(くたびれ)儲けた谷屋の心を表しているようだった

 

谷屋家哉22歳 職業 用心棒【バウンサー】

仕事はまだ、終わらない