夜が追ってくる。三百匹に分裂した夜がキリウ君を追っていた。キリウ君! キリウ君! 夜どもがキリウ君を呼んでいる。
それでも、キリウ君も百匹いたから、識別子が無くてどれだか分からなかった。どのキリウ君が呼ばれてるんだろう、二匹目かな、予算的に二匹目だから、キリウ君は空気を読んだ。夜に呼ばれて空気を読むような、そういう賢さが無いと、だめだった。
「俺がキリウ君2(つー)! 金なら無い」
うるせえざりがにお前のことなんか誰も呼んでないよ。自意識過剰なキリウ君はパッケージにつめてお中元だよ。呼んだくせに、そう言って夜は理不尽にキリウ君2を否定した。
しかしメロンのアミアミのイメージをダブらせて、キリウ君2は夜をゾッ(ズッ)と見ていた。空に無数の傷が生まれ、硬い皮で塞がっていくさまは、まさに唯一神。彼は、否定されることにショックを感じてはいなかった。彼もいつまでも打たれ弱いわけではなかったし、最近はセンターバックも補強していたからだ。
それでも撃たれ弱くはあった。それだけで何もかもだめだ。無意識の向こう側で、メロンがマシンガン状のダーツを構えていることに気付かなかったキリウ君2は、次の瞬間、全身にダーツを打ち込まれて軽い針山みたいになった。
泣きながらダーツを一本ずつ引き抜くキリウ君2を、メロンはマシンガンを構えたまま、冷ややかな糖度で眺めていた。
「もしも私がメロンじゃなくて、国会議員とかそういうのだったら……」
しょっぱい心持ちで、メロンはキリウ君2に問いかけた。
「日焼け止めならここにある、持って行けよ、それで二度と俺の前に姿あらわすな。止めたいんだろ、アミアミが増えるのを」
メロンが言いたいことは分かっていたが、キリウ君はあえてそれを無視して、ブツを手渡した。最初から二人はそれだけの関係だった。それに、傷つくことを恐れるメロンを突き放すことも必要だと思ったからだ。
やがてメロンは泣きだしたが、キリウ君も泣いていた。その永遠とも思える時間を、三百匹の夜が見下ろしていた。ひとしきり泣き尽くすのを待って、夜はまたキリウ君を追い回すのだろう。傷だらけの一匹を含む、百匹のキリウ君のうちのどれかを。