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雲の中

 風船売りのキリウ君がヘリウムガス遊びに飽きて空を飛んでいると、積乱雲の中に入り込んでしまった。アチャーー今日の空気じゃ修羅場になるぞ、とキリウ君は頭を抱えた。もはや、いざとなったらヒョウとかアラレに混じって、地上に降り注ぐ覚悟だった。

 しかし、どういうわけか雲の中は平穏無事の極み。あまつさえボロアパートが建っていた。

 キリウ君は深呼吸して、101号室のドアチャイムを鳴らした。

「ごめんください」

「はーいどなた」

 部屋の中から、エプロンをつけたまま出てきたのはゼロ戦だった。話を聞くと、どうやら彼女は先の大戦の時に積乱雲の中へ迷い込んで以来、ずっとここで暮らしているのだとか。

「でも今お腹の中にいる息子は、紫電改みたいなの……」

 旦那さんがいるんですか、とキリウ君が尋ねると、彼女はプロペラを回し始めた。そのまま彼女が答えないので、キリウ君はずっとプロペラの風に煽られていた。これってため息みたいなもんなのかなあ、とキリウ君は思った。

「それ、誰の子供なんですか?」

 しびれを切らした彼が突っ込んだ途端、彼女はすごい勢いで機関銃を撃ってきて、キリウ君はあっという間にハチの巣になって外へ吹っ飛ばされた。やっぱりため息みたいなもんなのかなあ……。