主に危険な作業へと従事するために作られたクローンたちがいた。

 そのクローンは数世代前の型であり、採算が確保できるギリギリに育てると、せいぜい少年期までしか成長しない。そのため、キリウ君と呼ばれた彼らは少年の姿をしているが、実際に求められる労働は過酷なものだった。

 ある日、ひとりのキリウ君が不発弾の撤去作業中に、右腕と両脚を失う大怪我を負った。クローンは同じクローン同士でパーツを融通し合うことができるが、これだけ欠損部位が多いと、わざわざ移植して修復するよりも新しいクローンを用意した方が効率的だった。こうして動けなくなったキリウ君は、生かされたまま、パーツ取りのために四週間のみ保存されることとなった。

 しかしキリウ君たちは教育プログラムが発展途上であったこともあり、精神が未熟で、このような状況への耐性が低かった。こういったクローンは運動抑制フィード等で運動能力を制限し、暴れて周囲に危害を加えないように加工して保存することが義務付けられていた。

 運動抑制フィードを施されたキリウ君は、動くことも声を出すこともできないまま、しかし脳は正常に働いている状態で、ただひたすらに時間だけが過ぎていくのを眺めていた。意外と知られていないことだが、このときキリウ君は五感も正常である。もっとも、保管は氷よりも冷たい液体に浸された状態で行われるため、ほとんどの感覚は麻痺している。チューブで送られる酸素や栄養分の染み込む気配、そして液体を循環させるポンプの稼働音だけが、微かな振動となってキリウ君の体に伝わっていた。

 一週間が経過した。銃の暴発で怪我をしたクローンへの左腕の移植の要望があったため、キリウ君は冷蔵庫から出された。動かないまぶたの奥で、キリウ君は周囲の明るさが変わったことを感じ取った。移植手術にはなぜかドナーとなるクローン本人への説明義務がある。凍った端々が融けるのを待つ間、医師が手術の内容を説明したのがキリウ君の耳に聴こえた。それから、まな板のような手術台に寝かされて手早く左腕を切り取られた。麻酔もされずただ切り取られただけだったが、長い冷蔵庫生活で感覚が麻痺していたため、痛みは感じなかった。手術が終わると、すぐにまた冷蔵庫に戻された。

 二週間が経過した。今度は、薬品タンクの清掃中の事故で視力を失ったクローンへの角膜の移植の要望があったため、キリウ君は再び冷蔵庫から出された。医師の平易な説明を聞き、キリウ君は久々に、目の移植とはそういうものなのかという好奇心や納得を感じた。それから、手術台の上で医師がキリウ君のまぶたを開いて目を切り裂き、角膜を取り出した。痛みは無かったが、医師の顔が見えなくなった。手術が終わると、また冷蔵庫に戻された。冷蔵庫の中では何も見ないので、特に変化は感じなかった。

 三週間が経過した。今度は、有害な粉塵を吸い込んで肺をやられたクローンへの左肺の移植の要望があったため、キリウ君は再び冷蔵庫から出された。角膜が無くても光はわかるものだ。医師の説明を聞き、キリウ君は、左だけで大丈夫なのだろうかという漠然とした疑問を抱いた。しかし言葉を発せないため、質問はできなかった。それから、手術台の上で医師がキリウ君の胸を切り開き、左肺を取り出した。痛みは無かったが、胸の中身がすかすかになったような感覚がした。手術が終わると、また冷蔵庫に戻された。冷蔵庫の中ではチューブが自動で十分な酸素を送り込んでくれるため、片肺になっても特に変化は感じなかった。

 四週間が経過した。キリウ君は、もうすぐ自分の残ったパーツが砕かれて肥料にされることを兼ねてより理解していた。クローンを育てるためのえさを作る農場に送られるのだ。それでも同じクローンたちのために役立てるのならばと、わずかな諦めと、そこから滲み出す安堵に心を委ねていた。

 最後に冷蔵庫から出されたとき、連れていかれた先では、誰もキリウ君に説明をしてくれなかった。離れたところで誰かが喋っているが、内容は聞き取れなかった。キリウ君は、自力で呼吸をするのはとても疲れるので、はやく終わらせてほしいと願った。するとすぐにまな板のような台に寝かされ、業務用のギロチンで首をはねられた。数秒経って、今度こそキリウ君の意識は途切れた。

 しかしその晩、キリウ君は、自分がまだ冷たい場所にいることに気づいた。

 キリウ君は呼吸をしていなかった。何も聞こえないし、何も感じなかった。なのに、なぜ冷たい場所にいることがわかったのだろう。どこも動かない身体で、キリウ君はやがて、自分が周囲を漂う微弱な電磁波の気配を感じ取っていることを知った。

 キリウ君は時間をかけてそれらを結び付け、何らかの像を作り上げた。それは、これまでよりも狭い冷蔵庫の内壁と、そこに横たわる自分の断片だった。キリウ君の周囲には、他にも自分の断片がいくつか存在していた。それらは皆、キリウ君と同じように、冷蔵庫の中でじっとしていた。

 もう少し時間をかけると、キリウ君はそれらの断片が自分の内臓の切り分けられたものであることに気づいた。いま電磁波を感じているキリウ君は、小腸だった。それはなぜか、内側と外側とを引っくり返されていた。

 壁を伝って、人間の声が聴こえてきた。それは音としてでなく、何らかの情報を持った振動としてキリウ君に伝わってきた。

「一か月も保管されてたクローンなんて、痩せてて脂肪も無いでしょうに。なんでわざわざ臓物を食肉として提供するんですかね」

「これくらいしか余りものが無いからね。作業中の事故が原因となると、内臓だけ取り替えれば済むようなケースは少ないし。だから残りやすいんだ」

「いや、ふるさと納税の返礼品でこんなの選ぶ人、絶対にやばい人ですよ。いたから用意したのですけど……」

「社長は、クローン産業も立派な地場産業だってことをアピールしたいんだよ」

 キリウ君が結んでいた像にノイズが入り、乱れた。その内容を到底受け入れられなかったからだ。

 キリウ君の小腸は、ひどく明確な意思を持って、それを拒絶していた。これまでずっと、同じクローンたちのためなのだと自分に言い聞かせて耐えてきたが、その果てに自分は覚悟していた最期すら迎えられないのだと理解したとき、キリウ君はさらに裏と表がひっくり返ってしまうほどの悲しみと憤りを覚えた。

 自分たちを作り出し、自分たちを労働力として使い捨てにしたことを恨んできたわけではない。憐れんでか優しくしてくる人間たちもいたけれど、クローンはそんな感情を持つようには教育されていなかったし、作られもしなかった。キリウ君はただ、裏切られたのだと強烈に感じていた。

 もう誰の役にも立ちたくなかった。自分が有益に使われることこそが、血の一滴まで無駄なく活用されることこそが、今のキリウ君にとっては最も耐え難かった。

 

  *  *  *

 

 明け方、その加工場を火災が襲った。焼け跡から解ったことには、火災はネズミが電気配線をかじったことが原因で発生したらしい。火はあっという間に燃え広がり、古びた加工場の一角を焼き尽くした。幸いにも人間の犠牲者は出なかったが、停電が発生し、冷蔵庫の温度調節機能や酸素供給システムが停止したため、保管されていた他のクローンたちは全てダメになってしまった。

 キリウ君の内臓もまた、焼け跡の中で炭化していた。期せずして、キリウ君は一足先にホルモン焼きになってしまったのだった。けれどもはや誰の身体にも戻ることのなくなったキリウ君は、生まれて初めての自由を得て、煤と共に風へと溶けていった。