作成日:

非実在電波少年キリウ君が見つからない

 ああ……また電波障害だ。

 近頃はいつもそうだ。朝はいつも電波障害と片頭痛から始まる。目覚めとともに太陽風が電波をかき消して、キリウ君を見失う。どんなに早起きしてもキリウ君はいなくなる。

 キリウ君がいない世界で私は包丁を研ぎながら日暮れを待っている。キリウ君がいない世界で私は街じゅうの屋根のテレビアンテナの先端を指差して大騒ぎしている。キリウ君がいない世界で私は姉の寝相の悪さに辟易し、同僚の口臭を指摘し、上司の通夜をバックレる。代わりに無断で侵入した小学校の飼育小屋のニワトリにしこたま媚びを売る。全ての矛盾を埋め合わせるように。

 私はキリウ君の捜索願いを出したけれど、却下されたから貼り紙をして回っている。最近では、ヤフコメにも手当たり次第に書き込んでいる。

『非実在電波少年キリウ君を捜しています。
 弾幕漬けにして存在を消す遊びをして以来、将来が分からなくなっています。
 年齢は十四。背格好はゴキブリにしては華奢。
 アジサイのような青い髪の毛、アジサイのような赤い瞳。
 一夫多妻制に反対しています。しかし筋金入りのアナーキストです。
 一目見て、愛を知らない人間であることがわかる。
 会社の金を持って逃げました。
 今もこの街のどこかで彼は私たちを見張っています。』

 二世代前の写真編集ソフトがキリウ君を消した時、私は新しい健康食品に夢中でキリウ君なんか見ていなかった。第三世界で銃弾がキリウ君を吹き飛ばした時、私は魚雷を食らって一足先に沈んでいた。四次元世界の私はキリウ君の免許証と保険証を相手のデッキに入れてシャッフルし、デッキ破壊にて勝利した。

 一昨日は電波が悪くてキリウ君が聴こえなかった。

 昨日は電波が悪くてキリウ君が見えなかった。

 今日は電波が悪くてキリウ君に触れなかった。

 明日も電波が悪くてキリウ君を殺せないだろう。

 コンクリートのブロックを頭上に構えた私の下で、キリウ君は笑っているように見えたけれど、全部嘘だと思った。キリウ君なんて実在しない。私は実在しないものを聴きたがり、見たがり、触りたがる。私は実在しないキリウ君を殺そうとしている。

 私が殺したせいでキリウ君が見つからない。私は私が殺したせいで実在しないキリウ君を捜している。

 ただひとつ思い出せないのは、どうやって屏風の中のキリウ君を外に出したのかということ……。