ガムテープでぐるぐる巻きにされて、段ボール箱に詰め込まれたままのキリウ君が呟いた。
「つまんない」
キリウ君はこちらを見もせずに、ひとりきりで呟いた。
「春なのにつまんない」
『季節性がある感情かよ』
キリウ君は、自分の腕を縛っていたガムテープを歯で食いちぎって、べりべり引っぺがしながら言った。
「ッなにこれ、つまんなすぎて死にそう」
『死んでんなよ』
「つまんなすぎて死にそうな自分がやだ」
『もう死ねよ』
キリウ君は、ガムテープの下から出てきた手錠を怪訝そうに見て言った。
「俺は誰と話してるの?」
『さあな』
キリウ君は、ガムテープの下から出てきた手錠を歯で食いちぎって、口を血だらけにしながら言った。
「俺は……俺は誰?」
『おまえはキリウ君だよ』
キリウ君は、シャツの袖で血を拭って尋ねた。
「キリウ君って……なに?」
誰も答えない。
キリウ君は、埃をかぶった姿見を血で汚れた手のひらでこすりながら、もう一度尋ねた。
「じゃあ、キリウ君はなに、って思う俺は誰?」
『キリウ君でしょ』
キリウ君はため息をついて、鏡の中の自分に向かって尋ねた。
「あんた誰?」
『知らない』
キリウ君は、鏡の中の赤くてぐちゃぐちゃした自分を、赤い瞳で凝視しながら言った。
「『死ね』って言う。俺のことを『おまえ』って呼ぶ。『でしょ』って言う」
『プロファイリングしてんじゃねーぞなもし』
「ちくしょうだめだぜんぜんわかんない」
キリウ君は、くらくらしてきた。
キリウ君は、黒い虫の死骸だらけの床に座り込んで、プラスチックボウルの中の失敗したメレンゲに向かって愚痴り始めた。
「ってゆーか、本編は終わったし、大晦日ですらキャラ崩壊」
『メタネタはやめなさい』
「俺って主人公じゃないんだなー、って」
『若いうちに気付けてよかったじゃん』
「始まりだと思ってたら、終わりだったことってある?」
『人生だね』
「あんた人間?」
『たぬたぬ!!』
「たぬきのくせに……!」
虫の死骸の山の中で膝を抱えてしまったキリウ君を見て、血まみれのメレンゲが提案した。
『疲れてるんじゃないの。そこらへん跳ねまわって、リフレッシュしてきなよ』
「チッ。人のことをノミかバッタのように」
『バッタだろカス。舌打ちすんな死ね』
キリウ君は、血まみれの天井を見上げてぼやいた。
「ってゆーか今、外はゾンビ菌がとんでるし。ロックダウンでホームステイがオーバーヘッドキックらしーし」
『おまえ実在しないんだろ。平気だよ』
言われて、キリウ君は、きょとんとして訊き返した。
「俺、やっぱ実在しないの?」
『実在しないよ。実在しないし、主人公だし、終わってもない』
キリウ君は、床に転がっている虫の死骸を手のひらで握りつぶしていた。
『おまえは、それを地獄と呼ぶかどうかだけを考えてればいいんだよ』
キリウ君は、部屋の隅に置かれていたXBOX360を持ち上げた。そしてそれを叩きつけて窓ガラスを割ると、そのことを忘れて玄関から出ていった。
そのまま、彼は私が死ぬまで帰ってこなかった。