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2019大晦日

 13:25 某所のジャンク屋の前にて……

 ガチャガチャを回しながら、キリウ君1が呟いた。

「年内に終わんなかったな」

 キリウ君2は、ウネウネしたまま聞き返した。

「何が?」

「俺のくせに分からないのか?」

 質問に質問で返されてキリウ君2は腹を立てたが、どうせ今からどっちもどっちになるので寛大に赦した。すぐに満を持して尋ねた。

「A.俺にとっては命よりも大切で、この世の何よりも愛しくて美しいと思えるただのガラス玉。B.俺にとっては最低最悪のダサダサで、持ってるだけで自害したくなるようなクソつまらないダイヤモンド。どっちを贈ってほしい?」

 キリウ君1は訝しげな眼でキリウ君2を見たが、その意識は指先で触れるカプセルの中身にしか向けられていなかった。それでいて頭ではタピオカのことしか考えていなかったが、そんなことはどうでもいい。

 実のところキリウ君同士は、互いが言いたいことをクラウド脳で共有できなかった。あたりまえじゃ!!

「両方奪って捨てる。ていうか」

「はい嘘ですーーーー。ガラス玉なんかありませーーん。俺はファーストキスと引き換えに泥団子を手に入れました~~~~」

 何が嘘なのかわからないが、キリウ君1を遮ったキリウ君2は、とても若干エモい笑顔を浮かべていた。キリウ君1の「持ってるなら自害しろよ」という買い言葉は虚空に消え、売り言葉はフリマアプリで値切られた。

「惨めだ……」

 白い息とともにそう吐き出したキリウ君1は、ガチャガチャの中身を写真に撮った。そしてカメラをゴミ箱に放り込んだ。

「同情ですかあ~~??」→→

 一方でキリウ君1の言葉に傷付いたキリウ君2は、キリウ君1の周囲をびゅんびゅん跳ね回りながら訴えていた。

「これが同情に見えるならてめえの目はピンポン玉だよ。喋り方やめろよ」

「明日また来てください。本物のピンポン玉を見せてあげますよ」←←

「はやくアルミホイル買って帰ろう……さみいよ」

「俺たちが帰っていいのは土の下だけだよブァーーーカ」↑↑

 突然強くなった圧に、キリウ君1は驚いてキリウ君2を見た。

 いつの間にかキリウ君2は、キリウ君1が回していたガチャガチャの上に風見鶏よろしく立っていた。キリウ君2は他人事のように空を見つめていたが、次の瞬間、カッと目を見開いて叫んだ。

「死んでくだサーイ!?!?」

「怖いよお……変な俺が来ちゃったよお……」

 あまりの気色悪さにキリウ君1はキャラ崩壊して震え上がった。自業自得だ。(面倒だからそういうことにしとこ)

 変なだけならまだしも、うるさくてうるさいのが問題だった。この問題は、ペット禁止マンションでカマキリを飼えるか飼えないかといったところに似ていた。

 キリウ君1は影を踏まれない程度に飛び退いて、まじまじとキリウ君2を観察する。原理不明の空色の髪、落書きみたいな顔、さしたる理由もなく血走ってる赤い眼。脳みそがかぼちゃ味なところ以外は、どこからどう見ても立派なキリウ君だった。

 ほんの三十分前、ジャンク屋の店内でキリウ君1とキリウ君2は出会った。キリウ君2は錆びだらけの鉄フライパンを持ってキリウ君1を尾け回していたが、それに気づいたキリウ君1が錆びだらけのスキレットで応戦したので、どっちもどっちになって今に至る。

「ていうかおまえ、去年末に会った俺じゃないだろ。俺はあいつが来ると思って待ってたんだぞ。一緒におせち食べるんだよ」

 キリウ君1は込み上げる不信感を隠しもせずに、キリウ君2に手のひらを突き付けた。しかしガチャガチャから飛び降りたキリウ君2は、その手のひらに指で『🤔』と書きながら嗤った。

「情が移ってんじゃねえよボンゴレ野郎。馴れ合うな、殺伐としろ、キリウ君なら冷酷無慈悲たれ」

「無慈悲とボンゴレの両立を目指せって言うのか? アイドルじゃあるまいし」

「あさりおいしい!! あさりおいしい!!」

「(きもちわるい)」

 明後日の方向に主張するキリウ君2から目をそらして、キリウ君1はひとりで歩き始めた。こんなのに付き合っていたら年が明けてしまうからだ。――あとになって考えてみると、このキリウ君1はキリウ君1でキリウ君にしてはスカしすぎてる感があったが、そのことが論じられることは終ぞ無かった。

 立ち去ろうとしたキリウ君1の周りを、ふたたびキリウ君2がびゅんびゅん飛び回り始めた。

「一言で言い表せるようなら、キリウ君が物語である必要性なんか無い。そうだろ?」→→

「これが物語に見えるならてめえの心は焼け野原だよ」

「ところであんた、さっき寒いって言ったよな?」←←

「言ってない」

「いや、キリウ君って寒いとか言わないよなーと思ってー」↓↓

 次の声は下から上がってきた。

 キリウ君1は何度目かの白いため息をついて、マンホールの蓋の下から出てきたキリウ君2の頭上に靴底をかざして、答えた。

「言うよ。俺がキリウ君だ」

「踏むな! 踏むなよ! 俺の思うキリウ君はっ、寒いって言わないんだ。キリウ君は暑がりだから、年中半袖なんじゃないの?」

「……」

 キリウ君1は直立不動のキリウ君2をマンホールから引っ張り出して、上から下まで見た。

 この日、ふたりのキリウ君はまったく同じ冬の装いをしていた。キリウ君2はキリウ君1の納得いかなさそうな視線を浴びて、初めて自分の服装に気づいたようだった。そういうところはいかにも年末にポッと湧いて出てきたキリウ君らしかったが、どうせ今から関係無くなる。無くなった。

 ぺらぺらのダウンジャケットを脱ぎ捨てて得意げに顎を上げたキリウ君2を前に、キリウ君1は雪のような無表情で呟いた。

「風邪引くぞ」

 するとどういうわけかキリウ君2の顔がみるみるうちに恨みがましいものに変貌していったから、魚の考えてることはよくわからない。

「キリウ君はバカだから風邪ひかない! あああああ、去年会った俺、だっけ? ああああいつはインフルエンザになってたから、偽者だよ! トドメは今朝、俺が刺してきてやった……」

 震える声とは裏腹に、キリウ君2の眉間には邪悪な年末パワーが集まりだしていた。クラウド神経で共有される寒さとは別種の悪寒に襲われて、キリウ君1の頬がにわかに青白くなる。

 これ以上は危険だと判断したキリウ君1は、キリウ君2をマンホールに押し込み直して蓋をした。直後、キリウ君のものとは思えないおぞましい声が地下から上ってきた。

「おいっっ、自分から目を逸らすなあぁ!! 俺たちは非実在電波少年キリウ君だ、実在しないものを表現し得るのは『らしさ』の集積でしかないことを忘れたのか!? キリウ君であることを忘れた俺は死ね!! 殺してやる!!」

「知らねーよバカ!! インフル持ってくんな、死ね!! おまえが死ね!!」

 これはもはやキリウ君ではない。キリウ君のふりをする物の怪の類だ。そう断じたキリウ君1がキリウ君であることの証明すら、この世界では難しい。だからこそキリウ君たちは、生き残ったものが来年から本物のキリウ君なのだという磁気嵐が吹けば飛ぶようなアイデンティティを求めて、わざわざ年の瀬に殺し合うのだろう。

 走り去るキリウ君1を追って、キリウ君ではなくなったキリウ君2がマンホールから飛び出していた。空色であることを捨て、赤色であることを捨て、それでも自分がキリウ君であると主張する、黒いダンゴムシとなって。――果たしてキリウ君1は、彼よりもキリウ君であると本当に言えたのだろうか? その答えもまた、ダンゴムシとともに、ジャンク屋から出てきたキリウ君3の靴の下へと消えていった。