水曜日、彼女が学校に行くと、隣の席にキリウ君がいた。
キリウ君は漫画雑誌を読んでいた。なぜここにキリウ君がいるのだろうと彼女は不思議に思った。彼女が挨拶をすると、キリウ君は挨拶を返してきた。
気になるので見ていると、お調子者の男子がキリウ君からノートを借りていった。彼女はそいつに話しかけてキリウ君のことを聞いてみたかったが、聞かなかった。何かがおかしいからだ。
担任の教師が出席を取り始めても、彼女は横目でずっとキリウ君を見ていた。そして、やはり何かがおかしいのだと確信した。キリウ君の名前が呼ばれた瞬間、教師の声が裏返ったからだ。しかし他の生徒は誰も反応しなかった。
十四歳のキリウ君が高校にいるのがおかしいのか? 空色の髪の毛がおかしい? 赤い瞳がおかしい?
いや、違うのだ。本当におかしいのは、キリウ君がおとなしく席に座って授業を受けていることだ。楽しそうに周りの男子たちと面白い話をしていることだ。走り高跳びで、たかだか二百センチの高さの棒に引っかかっていることも。お母さんが作ったお弁当を持ってきていることも。書道室にキリウ君が書いた字が飾られているのも。部活に入っているのも。みんながキリウ君の話をしているのも。
こいつはキリウ君じゃないんだ、と彼女は思った。
それに気づいた彼女は、渡り廊下でキリウ君をボコボコにして問い詰めようとしたが、周りにキリウ君の友達がたくさんいたので手を出せなかった。
すると放課後、屋上から校庭でサッカーをしているキリウ君を眺めていた彼女の横に、別のキリウ君が現れた。
そちらのキリウ君は、彼女が今日ずっと見ていたキリウ君よりも、幾分か制服が似合っていなかった。彼女はキリウ君に話しかけてキリウ君のことを聞いてみたかったが、聞かなかった。キリウ君が逃げてしまうと思ったからだ。
放っておいたら、キリウ君はスコープつきのスナイパーライフルを構えて柵の外に向けていた。次に陸上部の号砲が響いたと同時に、ペナルティーエリア内でパスを受けたキリウ君の頭が爆発した。
誰かの悲鳴が上がった。次第に騒がしい気配が広がっていくのが屋上からでも分かった。彼女が横にいるキリウ君を見ると、キリウ君は彼女を見返してくしゃみをした。そしてスナイパーライフルを抱えたまま、屋上から地面に飛び降りてどこかに走り去って行った。
木曜日、彼女が学校に行くと、やはり隣の席にキリウ君がいた。
キリウ君はノートにボールペンで一筆書きの練習をしていた。彼女が挨拶をすると、キリウ君は挨拶を返してきた。
「屋上にかばん置いてったよ」
そう言って彼女が渡した鞄を、キリウ君は恥ずかしそうに笑って受け取った。彼女は、キリウ君は手ぶらで学校に来たのだろうかと思った。
この日、出席でキリウ君の名前は呼ばれず、キリウ君も二時間目くらいでいなくなってしまった。誰もキリウ君の話をしなかった。書道室に飾られていたキリウ君の字も紙ごと消えていた。屋上のドアは錆びついて開かなかった。
金曜日、彼女が学校に行くと、隣の席は無かった。もともと、教室のこのカドに席は無いのだ。
でも帰りに交差点のコンビニでノートを買ったら、レジの店員がキリウ君だった。