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アトミックハッピーホリデー

 おそろしく寒い部屋の真ん中で、人間のレレノイドが立ったまま泣いていた。友達のキリウ君がそれを100センチ離れたところから見ていた。

 レレノイドはひとしきり泣いたあと、キリウ君のまつ毛に問いかけた。

「寒くないか? キリウ君」

「寒くないよ」

 キリウ君のすずしい瞳が代わりに答えた。かつてレレノイドは彼の瞳の中に希望を見ていたが、そのことをあっちこっちに言いふらしまくると、キリウ君は怒ってそれを燃えるゴミの日に出してしまった。

 今にして思えば、あれがラクトアイスとアイスミルクとの境界線だったのかもしれない。夏祭りの帰りの出来事だった。道路の端に落ちていたアイスがそのどちらだったかを誰も覚えていないし、実際には酔っ払いが吐いただけだった。キリウ君は空を見ながら「核の炎に俺だけ焼かれた!!」と叫んで笑いまくっていた。

 そんなのも大昔の話だ。

 レレノイドはおいおい泣いたあと、キリウ君の肋骨に問いかけた。

「ビタミン足りてるか? キリウ君」

「あんたがくれたみかん食べてるよ」

 キリウ君の手が代わりに答えた。レレノイドに広げて見せられた両手の平は、鮮やかにみかんの橙を帯びていた。普段は血まみれであることを考えると、太陽のパワーに満ちていると言えた。

 レレノイドは嬉しくなった。同時に、その指先でいったい何百匹のアブラムシを潰したのかと末代まで罵倒したい気持ちにかられた。キリウ君の脳をニワトリに移植して鳴かせたかったし、ニワトリの脳を移植されたキリウ君を心ゆくまで撫で回したあと酢漬けにしたかった。

 レレノイドの鼻はスニッフした粉砂糖にまみれていた。レレノイドの喉はスニッフした粉砂糖にまみれていた。レレノイドの脳はスニッフした粉砂糖にまみれていた。レレノイドはキリウ君の心臓に問いかけた。

「私のせいで寂しい思いをしてないか? キリウ君」

「俺は寂しくないよ」

 キリウ君のちぎれた枝毛が代わりに答えた。はにかんだキリウ君の頭にレレノイドはザリガニを乗せた。カニー!

「私のせいでキリウ君に寂しい思いをさせてしまうことを申し訳なく思う」

「自意識過剰だな」

 ザリガニが代わりに答えた。

「私のために泣いてくれるか? キリウ君」

「泣いてほしいのか?」

「泣いてくれないのか?」

「あんたがそんなので喜ぶとは思えない」

 ザリガニが代わりに泣いた。いつの間にか窓の外では雪が降り始めていた。クリスマスイブの街はスニッフした粉砂糖にまみれていた。

「ところでさっき私の腹の中でサナダムシが言ってたんだけど」

「はやく死ね!」

 キリウ君がレレノイドの足元のスケベ椅子を蹴飛ばした。転げ落ちたレレノイドの重みで、その首にかけられていたロープがぴんと張った。