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 あれは……?

 卵だ! 向こうに、キリウ君の腰くらいまでの立端があるデッカイ卵が落ちている。空色と赤色の縞々模様をした、かわいらしくもデッカイ卵だ。あれくらいの大きさになると、落ちているというよりは置いてあるように見えるものだ。

 感動を隠し切れないキリウ君は速攻でそいつに駆け寄ると、たまたま担いでいたシンセサイザーを振り上げて、やや尖ったような卵のてっぺんめがけて思い切り打ち下ろした。飛び散るプラスチック片、ノブたくさん、ピッチベンドレバー!

 しかし肝心の卵には、亀裂ひとつ入らなかった。そいつは思いの外丈夫であった。常人なら頭がぶち砕ける一撃を食らったところで、ぐわんぐわんと激しいヘッドバンギングをキリウ君に見せつけるのみにとどまったのだ。あまつさえ、内側からケタケタという笑い声のようなものが響いてきたではないか。

 これには、空のように広く美しい心を持ちながらも熱烈な黄砂フリークである環境汚染の権威ことキリウ君もキレた。このままでは、メーカー保証外の破損に陥ったシンセサイザーが身代金とでぺーぺーだッ! コイツは絶対に潰すと腹に決めた。毛細血管を爆裂させながら、キリウ君は激安○円均一ショップへ向かった。

 そして自動ドアのガラスを蹴り破り、休日の買い物客達を前に叫んだ。

「楽しそうだな、貧乏な消費者ども。俺が円安だ!」

 少しの間を空けて、店内は怒号と悲鳴と黄色い声で埋め尽くされた! サインをください、領収書にサインを……詰めかけるミーハーどもの全てを、消しカスを見るような目で脳溢血させたのち、キリウ君は堂々と調理器具コーナーへ向かう。

 棚からダイナマイトを手に取り、キリウ君は店員に尋ねた。

「俺はどうすればいいんですか?」

 店員は少し悩んで答えた。

「ラブソングを聴くと自殺したくなるようなトラウマのある人が、日常で出会うラブソングから身を護るためには、外界との接触を一切断つことだ。だけど寂しさに負けてしまうなら、生きて行かなきゃならないんだ」

 その店員は前科一犯だった。商品を超綺麗に陳列罪で、シャバにようやく出てこられたのはつい先月のことだった。キリウ君は申し訳なさそうに彼に礼を言うと、レジに財布を置いて店を出た。

 そしてキリウ君が卵の元に戻ると、そいつは先程よりもやや色合いがくすんでいるように見えた。腐っているのかと疑ったが、キリウ君には敵の体調を気にしている精神的余裕も暇もない。手早く大量の爆薬を仕掛けると、ためらいなく着火した。

 キリウ君が離れるとすぐにそれらは爆発した。バードストライクやむを得ずってくらい高く吹っ飛んだ卵は、すごい勢いで地面に叩きつけられて、その接地面の輪郭を無残に歪めた。

 それでもこの程度かと半ば関心しながら、キリウ君は卵を起こしに行った。卵は重く、本来の彼ならば、ひしゃげた面が見えるように転がすのにも一苦労のはずだ。しかし神経が昂ぶっていたキリウ君には、力ずくでヨイショと卵をひっくり返すことができた。そして彼は亀裂の入った卵の中身をようやく見た。

 殻の中に入っていたのは、もう一人のキリウ君だった。卵白のような粘液にまみれた半死半生の自分を見て、キリウ君は唐揚げが食べたくなった。ニワトリは卵を産むんだ!