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69.キッシュ街住民の手記

 キッシュ街のとある住民の手記から一部抜粋。

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【D6DF.11.17】夜な夜なたぎる想いをこうしてノートにぶつけてきたが、それももはや限界。形にすることで煩悩が解放されるということはなく、実際のところ私は、自分が書いたものを読み返すことで、より一層の煩悩を育てるメソッドを実行してきたにすぎなかった。私はキルケにあてたラブレターを溢れるほど机にためてた頃と、何も変わってはいなかった。

【D6DF.11.29】頼み込んでたア斗リとようやく都合がついて、アウトドア用品店へ。ア斗リは終始不愉快そうな様子だった。数年前の地震でここらの山が全部潰れて以来、私がア斗リの岩山登りの趣味をずっとバカにしていたせいだ。よもや適当な道具を選んでないだろうな。これで私が落ちてケガをしたら訴える。

【D6DF.12.03】いよいよ決行と思いきや、よりによって今夜はアイツが来ていた。一時間ほど待ったが、いなくならなかったので帰った。

【D6DF.12.04】これを書いてる今も手が震えている、それにしても、この興奮は書き表しがたい。決行した。実際に近くで見てみると、電波塔って意外なほどに骨同士の距離が近く、大それた道具は不要であることに気付いた。考えてみればアイツは身一つで登っていたのだ。しかし運動不足が祟って、電信柱の真ん中ほどの高さで断念。明日明後日の筋肉痛が怖い。

【D6DF.12.06】キルケの作るナポリタンとかいう料理は甘くてまずい。

【D6DF.12.07】まだ体じゅうが痛いのに、はやる気持ちを抑えきれず出向いてしまった。ひとしきり根元に体をこすりつけて帰った。

【D6DF.12.28】今日の到達点で、向こうのマンションの屋上に、ペンキで絵が描いてある事実を発見した。降りてロープを片付けているところで、あやうくアイツと鉢合わせになりかけた。私が侵入する時に金網の反対側に空けた穴がバレて塞がれた。

【D6E0.01.13】天辺まで、あと半分くらい。命綱が擦り切れてきたので買い替えた。

【D6E0.01.21】キルケが見ていた映画に出てきた道具をまねて作っていた、ワイヤーつきフックを打ち出す装置が完成。使ってみたところ、そう狙ったところには飛ばなかったが、無数に張り巡らされた骨のどこかには引っかかってくれるので、なんとか実用可能であることが分かった。キルケに見せると喜んでいたが、私が夜な夜な電波塔に浮気していることはもちろん秘密であり、心が痛む。

【D6E0.01.25】喜びと疲れから、昨晩は電波塔の上で眠ってしまった。よって実際に登頂したのは、今朝のことである。あまりの爽快感から手袋を投げ捨ててしまい、素手で降りる羽目になったが、よく覚えていない。夕方には関節という関節が悲鳴を上げていた。

【D6E0.01.28】咲羅のバカ旦那の不動産屋にカステラを渡して、電波塔の近くの部屋を手に入れられるよう交渉して、三か月ほど経つが、やはりダメだったと。

【D6E0.01.29】今日は夜中ではなく、夕方に登ってみた。天辺から眺める夕日は最高に美しかった。帰りにアルミホイルと出刃包丁を買った。

【D6E0.02.09】咲羅から、あの部屋が空いたので住まないかと電話。当然だ! そのために毎日、私自ら嫌がらせをしてきたのだから。使えない奴らだ。クリーニングがちょうど終わったというので、明日にでも転居の準備にとりかかる。

【D6E0.02.11】役所へ行く前に登ってきた。すっかり鉄骨をよじ登るのにも慣れ、私はたくましくなったように思う。興奮混じりでもあんなに恐々登っていたのが、今や天辺まで片道十分だ。哀れなキルケが私の引き締まった身体を見て、写真のモデルになってくれと言ってきた。

【D6E0.02.14】今日は危うく電波塔から落ちそうになった。昼休みに天辺で弁当を食べた後、命綱を結んで柵を越えようとしたところで、立ちくらみを起こしたのだ。近頃頭がボーっとしているところがあるので、貧血気味なのかもしれない。

【D6E0.02.19】電波塔の根元に埋めていた道具が掘り返されていた。上には『ここに入らないでください』とのメモが乗っていた。アイツか? 何様のつもりだ? 電波塔は自分のものだとでも思っているのだろうか? それとも、電波塔と自分との仲を私に見せつけているのだろうか? 確かにアイツの方が先に電波塔に登っていたかもしれないが、愛は時間では測れない。気に食わないので破り捨てた。

【D6E0.02.20】あまり体調が良くない。頭痛がして心がざわつくのは、アイツに邪魔されたせいだ。寝込んでいたらキルケが心配してきたが、わけのわからないことばかり言うので追い払った。

【D6E0.03.01】近頃は、仕事の帰りに、電波塔の上で歌を歌うのにはまっている。あそこは風が強くて、自分の声すら遠く響くような感じが、腕に染みわたって非常にヒンヤリする。でも今日、降りたところにアイツが立っていた、いつも夜中に現れるくせに、文句を言ってきたので、「お前が電波塔の何だか知らないが私はお前より電波塔が好きだし愛してるし電波塔もお前より私を愛している」と啖呵を切って、イライラしながら帰ってきた。

【D6E0.03.03】キルケの作ったナポリタンが異様に辛くてまずかった。私への当てつけかと怒ると、そんなことはしてないと言い訳をしてきた。ビタハチ・コンプレックスを理解しているはずのキルケが、選挙の不正の温床をおもっていたのに、話にならない。

【D6E0.03.05】こだまを探すしかないことに信じてしまった。深夜、電波塔の上で待ち伏せしていると、やっぱりアイツがやってきた。制御盤の蓋をあけて、懐中電灯でてらしながら中身をイジっていたので、カンパチな脇腹に出刃包丁をぶっ刺した。何か言っていたが柵の向こうに落とすと黙った。降りる時にみると、電波塔の内側の骨にひっかかって、汚い血を垂れ流していた。

【D6E0.03.06】今日はいちにちじゅう電波塔の掃除をした。貧血が悪くなっている。

【D6E0.03.11】貧血をなおすため、話し方教室へ。センセイの頭にでかい蛾がとまっていてイヤになった。芝の食べ方をキいて帰った。

【D6E0.03.15】キルケの機嫌が悪いので電波塔につれてきてやった。貧血のせいで迷惑をかけていることを謝ると、キルケは違うと言って泣き出した。情けない存在。

【D6E0.04.02】電波塔の上で歌テいると、誰かが一緒に歌っていることに気付いた。電波塔と私の仲を裂こうという奴ではないかと、心配だったが、どにさや悪意はないらしい。歌の出所が気になりつつも、今はただ一緒に歌うだけで、いいのだと思う。

【D6E0.04.04】姿を見せてくださいとさんざん頼んだのに、望みと違うものが帰ってくることは、不思議な甲斐性になる。

【D6E0.04.26】羽が生えた!

【D6E0.04.30】最近、色んなことが困っている。キルケもおかしいし、上司もだんだん図々しくなってきていて(元からだけど)、特に子供たちの声に変な倍音増えてきているのがわかる。もはや、私が安らげるのはここだけなのかもしれなっピ。今朝入った店は、床じゅうにとけた生肉みたいなのとか水がぶちまけられていて、意味が分からなかった。

【D6E0.05.02】キルケが来たので朝っぱらから下に降りて季輸酒するはめになった。キルケは腹に蟲かい目玉ができてて、興奮してGH~GH~騒ぐので、仕方なく頭を沈めて黙らせた。街のこっち側半分くらいが蝦しょ濡れになっているようだった。もう豚みたピなのとか、挨拶を返さなピのしかピなくて憂鬱な気持ちになっピっピ。

【D6E0.05.03】ピ。