ひとでなしの少年が夢を見た。
極端に色の無い夢だった。
色気も無かった。
あっても困る。
白いがれきの大地をずっと歩いてきたはずなのに、彼は自分が裸足であることを今認識した。
縁がことごとく尖ったがれきを踏みしめているとは、とても思えなかった。痛みは無く、熱も感じられない。頭上の空は突き抜けるようだ。ただ、皮膚や神経が空間と一体化しているみたいに、大気の存在とゆらめきは伝わってきた。
澄み切った視界とは裏腹に、身体は異様に重い。無いはずの全ての音が遠い。
これは夢だ。
根拠のない焦燥感に追い立てられてやる必要はない。
何歩か歩いて右か左かの横に目をやると、そこには小さな丸テーブルと椅子が癒しを演出する空間があった。丸テーブルの真ん中には、見覚えのある造形をした生首が置いてあった。ぴたりと目蓋を閉じたその顔は、まぎれもない彼自身のものだろう。光と影が混じらない世界では、肌が白く眩しく輝いて見える。
なぜそんな大切なものが、こんな辺鄙な場所にあるのだろう。吸い寄せられるように彼はそれに近づき、紙風船か何かに触れるみたいに、そっと持ち上げた。彼の推測に反してそれはずっしりと重く、中身が詰まっており、壊れたり潰れたりすることなく腕に収まった。
生首ということはつまり……あれだ。上下をひっくり返して、胴体と繋がっていたであろう箇所を覗く。
『どうも。お初にお目にかかります』
粘性の黒い液体がにじみ出ているそこから、軽薄な声がした。
誰だおまえは、と彼はそいつに尋ねた。
『わたくしは当角砂糖工場長の角田と申します』
角田なる男の話によると、白いがれきは角砂糖を作るうえでできた端材なのだそうだ。
『誇りを持っているんです。この、砂糖を四角く固める仕事に』
そう……。
いつの間にか、生首が席を空けたテーブルの真ん中に、黒い液体で満ちたマグカップが置いてあった。
彼は手が汚れることも厭わず生首の切断面に指を差し込み、角田を引っ張り出した。そしてマグカップの波ひとつない水面に、その禿げかかった壮年の小人を落とした。
『こ、こんなの許されないですよ。いつかあなたはっ。砂糖をなめた報いを受けますよっ……血糖値を……軽んじてっ……病気に……』
うるせえよ勝手に人の頭に工場建てるな。
彼は飛び出そうとする角田の頭を指で押さえつけた。触れる液体は温かくも冷たくもなく、罵声混じりの小さな泡がぶくぶく立って、やがて消えた。
崩れるように椅子に座り、マグカップの中の液体を一口飲む。味が無い。下を見ると、腕の中の生首の幼さが残る頬。つるつるした髪には、さっきのバカを引っこ抜いた時に飛び散った黒い液体が、あちこち付着してしまっている。
次に顔を上げた彼の目の前に広がっていたのは、腕の中のそれと同じ生首がいくらでも、地平線を埋め尽くすほどにごろごろと転がっている光景だった。
何か言った方がいいような気がしたが、声が出なかった。
その日、ジュン少年が近所付き合いにまつわる長話から帰宅すると、彼の兄が頭にタオルケットをかぶって何やら叫んでいた。周りには家じゅうからかき集めてきたらしき、あらゆる箱が転がされていた。
「何してんだよ」
驚いたジュンがタオルケットをひん剥くと、キリウはさらにダンボール箱とプラスチック箱と金魚鉢と、それらの隙間に詰め込んだ大量の新聞紙を一緒くたにかぶっていたことが分かった。騒音対策らしい。
その箱男はジュンが帰ってきたことにまだ気付いていないようなので、ジュンは背後から箱を全部取り上げてやった。
「キリウ」
「あ。おかえりジュン君」
呼ばれるとキリウは叫ぶことをぴたりとやめて、次の瞬間、そこらで引っくり返っていた将棋盤にオセロの棋譜を並べ始めた。それは目が泳いでるというか、何かをごまかそうとしている表情であった。
「何してたの?」
「見られちゃ……仕方ないね。これかぶって、叫ぶんだよ」
「なにが仕方ないんだよ」
「実践あるのみだ、ジュン。俺たちは空に触れない」
キリウはそんなことを言いながら、再び金魚鉢の中から世界を見るメソッドを実行している。そして半透明のプラスチック箱を、ジュンの頭にかぶせてきた。
箱の向こうでのぼせた以上に真っ赤な顔をしているキリウを見て、ジュンは笑った。しかし直後、足元の死角に倒れていた黒い箱に蹴躓いて、尻餅をついた。固そうな角に刺さらなくてよかったと思う反面、なぜだかジュンは……やけに分厚い板でできた、無骨で禍々しいその箱が気になった。
が、キリウが上からタオルケットをかぶせて蹴りを入れてきたので、そんな興味は一瞬で掻き消えた。