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172.レコード……

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【0】この世界には最初から光と闇があった。次に線路と街と電波塔があり、それ以外は白いがれきだった。全ての生物は、昨日までの記憶を持って適当に配置された。

【203】育ち過ぎた世界樹が原因で、日照権を巡る紛争が各地で勃発。782線の工作員が放ったシロアリが世界樹をかじって倒す。発達した根っこに引っ張られて大地の12パーセントが崩落。《調整ミス、再生成》

‬【9B3】最終戦争というミームが独り歩きし、一部地域でファッション化する。ノリで開発されたクアッドリウム爆弾が、雰囲気で199565線付近に投下される。空が黒くなり、世界に大穴が開く。それから20年ほど経過するも、回復傾向無し。《調整ミス、再生成》

【C1C】23時間に渡って全ての電波塔がダウンした障害をきっかけに、ゼロとイチの中を泳ぐ変な巨大魚が出現。がれきと同化しながら七日間で巨大化し、地表を片っ端から呑み込み始める。《申し訳ない。再生成》

【F77】8753線にて、片付け名人リリヤス監修をうたってブラックホール製作キットが売り出される。ウケ狙いのバカが買い占めて、6000倍のブラックホールを作る過程をビデオに収めようとするが、強すぎる重力でエーテルごと崩壊。除去もできず、一帯が修復不可能状態に。《再生成》

【1881】全世界的な人口減少によりクローン技術が一般化したものの、精度の問題から、人口減少速度にクローン生産速度が追いつかず。クローンのクローンが作られるうち、クローンゾンビ病が静かに蔓延し、共食いにて終わる。《再生成》

【2A71】439081線から広がったナタデココブームが極度の長期化。製造技術の進歩に伴い、一分で倍に増殖するナタデココ菌が生まれるが、実質は捕食の危険に晒され続けたナタデココ菌の進化だった。プラントを離れたナタデココで、地上の0.08%が埋め尽くされる。《時間の問題。再生成》

【36DA】V軸上限の設定の不備により、境界外で胞子状の未確認ナマモノが発生。大気汚染物質を吸収して成長し、その後は気流に乗って滞空、太陽光を遮るようになる。これを除去するため、206439-B1線から火の鳥が放たれるも、燃えた胞子が降り注いで地上が焼け野原に。《まずいところに引火した。再生成》

【3BDA】寒冷地帯の特定条件下にて、星が願いを聞いてくれるランダムイベント(666)を繰り返し発生させられる現象を確認。これを意図的に利用したとみられるアクターを全て除去。

【4C91】神聖ドンパチ大学のマグノリア・デジエル教授が、この世界が人工的に作られたものであることを証明したとする論文を発表。公共事業の一環で、『中央処理場』の存在を確認するための掘削が開始。《残念。再生成》

【6C77】何かの間違いで一向に人口増加が止まらない。全体的に後先考えない傾向、双子を作るサプリメントの流通、生前クローン合法化、培養肉工場からの相次ぐ脱走、タイムマシンによる未来の労働力の前借りなど、複数の要因が考えられる。《近いうちに再生成》

【754F】《クソくだらない理由》で、空気感染する細菌兵器が開発される。《本当にしょうもない理由》で、そのレシピが婦人向け雑誌に流出する。《考えたくもないほど愚かな理由》で、みんながそれを作ってバラ撒いた。《再生成》

【7AC0】《試し書き》

【7E1A】《電波塔のメンテナンス作業の分散化実験を開始》

【8B7E】北方ひらたけ協会による調査で、月が球形の種子植物であり、生命が無意識下で見る悪夢でもって維持される非常灯であると判明。《月が変質した件、これが正として反映されたみたい》

【A007】生成当初と比較して、海の面積が74パーセントまで減少。路線の数は220パーセントに増加、当初の路線名が徐々に使われなくなっている。

【AB63】《浄化が追いついてない。不完全な命を持って生まれたアクターが、正しく成長できない場合があるっぽい》

【AC74】《ブロック273Qの線虫がガレキを栄養源として認識してたので、電波塔の補正値算出のロジックを修正。まだそんなに分解されてないはずだから、修復は時間経過に任せます》

【D350】《エーテル抵抗のバグを直す余裕が無い。境界外にすり抜けたオブジェクトを回収するモジュールを稼働開始》

【D584】太陽の軌道に沿って時空間が断裂した痕跡が見つかったとされる記事をきっかけに、ネットで陰謀論が流行りまくる。ただし後年では、当該の記事の存在そのものが疑問視されている。《また、大規模なデータ不整合が発生。ここ20年で頻発してる、想定外の巻き戻しによるものだと思う。でも、大量のデータを書き換えてから、無理やり戻したようにも見える。原因は何?》

【D588】《誰か、わたし以外に触ってる人がいる?》

【D673】《境界外からここに落ちてくるものが増えてた件で、描画範囲がX軸のマイナス方向に著しく延長してたことが判った。面積にして、有効範囲の18パーセントにもなる。原因は不明。負荷がすごいから、範囲を切り詰めたいけど、影響箇所が多くてたぶん無理》

【D6E4】青旗連合枯山水大学の或田哲生教授が、心を持つリンゴ(品種名『鏡心』)を発表し物議を醸す。これをきっかけとして、農業は植物に対する虐待行為であると主張する植物愛護団体と、動物を食べるのは残酷だから植物を食べた方が良いと主張する動物愛護団体が武力衝突。のちにこの問題は、植物全体からリンゴのみに矮小化して語られることになる。

【D7D0】リンゴがフルーツパーラーを相手取り、リンゴを調理・提供することが生きる権利の侵害に当たるとして、精神的苦痛に対する損害賠償を求めて提訴した件について、アズヤマ裁判所はリンゴ側の主張を概ね認め、フルーツパーラーに対してごめんなさいを命じた。この判決は各方面に大きな影響を与え、『アダム裁判』と呼ばれた。

【D868】《地上から地下へのすり抜けを、意図的に数百回ほど試行された形跡を見つけた。危ないので、やっとエーテル抵抗のバグを直した。アクターの除去は行わな――― ―― ―

 

 

「なおしたぁ!? それじゃ――」

「わあ!!!」

 断末魔のような急ブレーキとともに、大きなタイヤの下でがれきが粉砕される乱暴な音がしていた。

 運転席の白い少女はカーオーディオを叩いて止め、助手席でダッシュボードに顔面を強打したキリウ少年に向かって叫んだ。

「びっくりしたーッ! 急に大声出してさーッ、事故っちゃうよー! なに、なに、どしたの??」

 言うわりに彼女は、異様に楽しそうな目をしていた。当たり前だ。ここは事故が起きた方が嬉しいくらい、だだっ広いがれきのオフロードだからだ。泣いても叫んでも誰も来ないから、拷問には丁度良いかもしれないが。何より彼女は、また別の目薬でラリっていた。

 真っ赤な鼻血を垂らしながらキリウが「変な夢見た」と答えても、彼女は無い鼻で笑っただけだった。そしてキリウにハンカチ代わりの端切れを渡すと、またカーオーディオを鳴らし始めて、ご機嫌にアクセルを踏み込んでいった。