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136.院内薬局にて

 こんにちは、キリウ君。

 なんでここにおれが居るのかって顔をするんだね。言った通り、おれはこの病院で手伝いをしてるんだよ。いや、あの時は「臨床検査の手伝いをしてる仲間」って言ったんだっけ。どうでもいいことだよ。はい、処方箋だね。

 これは……ああ、これを処方されたか。どれが欲しいの?

 ん、ドクターから聞いてない? そっか、確かにおれが説明するのがいいんだろうね。少し長くなるけど時間大丈夫かな。じゃあ始めるよ。

 ええとね、この薬は自立の薬で。『身体的自立』『経済的自立』『精神的自立』の三種類があって、患者さんが必要なものを自分で選んで受け取るんだよ。自分で、っていうのがポイントだね。ここにパンフレットがあるから、一緒に読もうか。

 さて、一つ目は『身体的自立』の薬。飲むと、成人相当に身体が成長するよ。もっとも成長の度合いは、本来のキミがこの後どの程度成長するはずだったのか、というところに左右されるけどね。小さい頃の栄養は充分だったかな?

 キミは絶望的に健康体だけど、やっぱり永遠の少年だからさ。そのためにブン殴られたり、ナメた態度をとられてきたことがたくさんあるだろう。少しでも先手をとれない状況下で殴り合いになったら勝てないことを知ってるから、キミは好き好んで邪悪な仕事をしながら、実際には毎日必要以上に気を張ってるんだ。そのへんを改める気が一切無いのなら、これを飲むことで手に入る安心感は、想像以上だろうとおれは思うよ。

 身体だけ大人になっても、って思うかい? ひとつ良いニュースを教えようか。実は最新の研究で、永遠の少年少女の精神年齢が自分自身の外見に引っ張られている可能性を見出したものがあるんだ。そこで行われた実験の内容は、自分の姿を確認する手段が有る環境と無い環境とに全般性成長障害を持つ双子を置いて、それぞれ半年ほど、大人としか会わせずに生活させるというもの。すると後者……自分の姿を見ずに過ごした子に限って、理性や分別の面で著しい成長が見られたそうなんだ。髪の毛はぼさぼさだし、実験終了後にそれがどの程度持続するかは引き続き観察中といったところだが。

 とにかく、「心が成長しない」って経験則が実は単なる思い込みだったとしたら、この薬は永遠の少年たちの全ての問題を解決するかもしれないね。

 二つ目は『経済的自立』の薬。飲むと、いわゆるまっとうな仕事をして、身の丈に合った生活ができるようになるよ。ただ、そういう落ち着いた生活と、今のキミの根無し草な旅人生活とは相反するところがあるからさ。はっきりしたことは分からないけど、だいぶライフスタイルが変わってしまうことは確かだろうね。

 でも大丈夫だよ。生活に合わせて心は変化していくものだし、もともとキミは旅人に向いているタイプではないはずだ。自覚はしてるんだろ? 仮にキリウ君がひとところに落ち着いても、あの人形の少女は何も変わらず、彼女が行くべきところへの旅を続けるだろう。

 それに……気に障ったら申し訳ないんだが、もしかしなくても実はキミって、彼女に少し苦手意識があるんじゃないかな。無理に彼女と一緒に居続けることは、キミ自身のためにならない……かも。いや、おれ個人の無責任な感想だ。あまり深く受け止めないでくれ。

 ところでキリウ君って、これまでの人生でどこかの街に定住してたことある? 定義は『その街を離れないつもりで住み始める』ということにしよう。うん、何回かあるんだね。じゃあその中でさ、『永遠の少年であることを明かしたうえで』、『犯罪に関わらない仕事を長く続けて』、ごくフツーに暮らしてたことってある?

 ……ああ、無いのか。本当に無いのか! おれはあの時、もっと無理矢理にでもキミをアカネ街に引き留めるべきだった。今、とても後悔してる。

 なあ……キリウ君が思ってるより、世界というのは優しいものかもしれないよ。たとえ、永遠の少年を厄介者扱いする人がたくさんいたとしてもだ。正直に事情を明かして素直な態度でいれば、助けてくれる人だって……少しだけどいるんだ。だからおれだって……そういう仲間を……助けたくて……。

 ごめん、窓口で涙ぐんだりして。活動家ってやつはセンチメンタルで良くないな。おれはただ、地域に根を下ろして平和に暮らすことの素晴らしさを、キミに伝えたかっただけなんだ。そしてこの薬は、最終的にはそれを少年のままのキミに与えてくれるってことなんだ。

 最後の三つ目は『精神的自立』の薬。飲むと、何にも依存しない心が手に入る。もう、年がら年中、わけのわからない不安や焦燥に苛まれなくて済むだろう。永遠に少年の姿でも、カッパを殺している時でさえもね。

 今のキリウ君は何に依存してるのかな。チョコミント味? メレンゲを立てること? 電波ジャックのラジオ番組? 奇形の骨精霊? ロッカーに預けっぱなしの宝物? 夜空を眺めながらほどいた針金フェンス? 人形の少女? 彼女の影に見る弟さん?

 どんなに小分けにしたって、依存は依存だ。全て無くなれば、キミが自重で潰れてしまうことには変わりない。今のキミは、自分が正気を保つために大切なものを利用しているにすぎないんだ。それって不誠実な気がしないかな。だけどキミ自身の中に柱があれば、これからは何を失くしても、全てを優しい思い出にして生きていくことができる。いや、思い出さえ必要無くなるんだ。真の精神的自立を得たなら、たとえ世界が滅びようとも、キミは死ぬまで己の道を往くだろうね。

 ああ、でも、これを飲んだキミにはもう……おれの言葉は届かなくなってしまうな。それは悪いことじゃないよ。ただキミが、自分の意思で全てを決められるようになったというだけなんだから。だいたい、その時にはこんなところに来る用事も無くなってるはずだ。

 ――キリウ君、ここまで長い説明を聞いてくれてありがとう。キミはどの薬を一番飲みたいと思ったかな? この場でいきなり一つだけ選べっていうのは酷かもしれないけど、そういう決まりの薬だからね。自立のためにはそれも必要ってことだろう。

 ん、選べないかな。ははは。人間というのは現状を維持したくなる生き物らしいからね。適当に選んで、帰りにゴミ箱に突っ込もうとしてるだろ。それともキミのことだから、あらぬところに転売してしまうのかな。

 処方薬を指示通りに服用しない患者さんには、ゼリーに混ぜておれが食わせる。また逃げようなんて考えるな。どれか一つを選んで、この場で一回目を服用しない限り帰さないよ。それをせずにこの部屋から出るんなら、マイクロ波のシャッターがキミの眼球と脳みそを爆発させる。おれは今度こそキミを救うんだ。そしてこれは紛うこと無きおれのエゴだ。

 さあ、どれを選んでもきっといいことがあるよ。いっそ目をつぶって選んだって構わない。おれたちの……キミの長すぎる人生を少しでも良くするために! とにかく、選ぶんだ! キリウ君自身の手で!