昼には藻がかっていてもなお輝いて見えた水流が、いまは夜空に染められて墨を流したようだった。不気味な静けさを湛えて流れる大きな川は、カッパの死体が沈んでいそうな生臭さを隠しもしなかった。
それなのにいやに耳の裏あたりが涼しいというか、脳がかゆくないというか、妙に空気が澄んで響くのはなぜだろう。
橋の上でメロンパンをちぎっているキリウ少年は、ぼんやりしていた。不思議だったのだ。今夜――いや、この街に来てからの彼は、自分がカタツムリだった頃に粘液でフタをした殻の中で苛まれていた喉が詰まるような感覚に、半分ほどもとらわれてはいなかったからだ。頭の真ん中いっぱいに、ミミズが詰まっているような感覚にも。
それだけで驚くほど肩が回るものだった。正確には彼がカタツムリだったことなど無いが、そんなことはどうでもいい。指の腹が幻の白い虫を潰す。メロンパン特有のねちねちした生地がぽろぽろと欄干の向こうに落ちていく。やがて黒い水面がにわかに粟立つと、重い音を立てて魚たちがうごめいた。彼らは闇の中で生まれたかのように真っ黒な姿をしていたが、それは昼のあいだに空から降る光と川底から照り返す光とで、全身を日焼けしていたためだ。
太陽の光こそが彼らを闇の中に隠すのだとしたら、彼らは影なのかもしれない。
そうセンチになって上着のポッケにメロンパンの空袋を突っ込んだ瞬間、少年はにわかに殺気立った。幸せの青い鳥には、青空に身を隠さなければならない事情があるのだと気づいてしまったからだ。
竦んだ足元で、街灯が作り出す頼りない影が揺れる。彼は傍に浮かんでいた骨精霊のトランにメロンパンの残り半分を見せたが、無視されたのでグシャグシャに握りつぶして川に投げ込んだ。そして淀んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだあと、近くに停めていた自転車のスタンドを蹴って、トランを手招きした。
橋の向こうには駅があった。今は廃線となった路線の始点、あるいは終点だったはずの、灰色の砂埃をかぶった駅が。川の流れと同じ方角に向かって敷かれたその線路の先には、白と黒が入り混じったがれきの荒野がある。さらにそのまた向こう、右手側の遠くに…………。
電波塔がある。
キリウはなぜか、自分がそこへ行かなければならない気がしていた。持ち主がいない自転車に乗って、少年は線路を追うように走り出した。彼の手でメロンパンとともに砕かれて水面に降った白い虫の欠片たちは、しかし何ら捕食者の興味を引くこともなく、黒い川に呑まれていった。