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キリウ君の恩返し

 むかしむかし、ジパング市に働き盛りの男が住んでいました。

 イヤになるような夏の夜、彼が死体処理の帰りにコンテナ埠頭で歩きタバコをしていると、内側から怪電波が出ているコンテナがありました。不審に思って開けてみると、樹液で満たされたドラム缶が置いてあり、その中に頭から突っ込まれているキリウ君がいました。

 放っておくと巨大な琥珀ができるだろうから、彼は何もせずにしばらく見ていましたが、そのうち怪電波が徐々に違法な周波数帯に移動してきました。このままでは、緊急車両の無線を妨害してしまうかもしれません。

 仕方なく彼はドラム缶をひっくり返して、キリウ君を外に出してあげました。キリウ君はドロドロのまま立ち上がると、男に向かって怪電波を放ちながら、ジタバタと海の方へと走っていきました。

 その翌朝のことです。

 彼がベランダでタバコを吸っていると、生温かい酸性雨に混じって、カブトムシまみれのキリウ君が飛び込んできました。

「こんにちは。PTAの方から来たのですが、水出しコーヒーを作らせてもらえませんか?」

 キリウ君はよく分からないことを言っていました。

「子供はいないし、コーヒーも飲めない。帰れ」

 彼はキリウ君を持ち上げてベランダから落としました。しかしすぐに、今度は玄関先をホッピングでうろつき始めたキリウ君を見て、諦めて部屋に上げました。

 それからしばしば、男の部屋にはキリウ君が飛来してくるようになりました。

 男は、キリウ君が勝手にアイロンビーズで遊んだり、無線LANのアクセスポイントの名前をふざけたものに変更するのを疎んじていましたが、鬱気味の時に手巻きタバコを貰ったことから、少しだけ態度を軟化させていました。

 ある日、キリウ君が雑草をしこたま持ち込んできて言いました。

「今からオムライスにおまじないをかけるので、決して覗かないでください」

 そうしてクローゼットの中で作業を始めたキリウ君の存在自体を、そもそも男は無視していました。彼はいつしか、キリウ君がマリファナの栽培をしてるとか、技適マークがついてない製品を使ってるとかでなければ、大した害は無いと考えるようになっていたからです。

 数時間後、血の気の無い顔をして這い出てきたキリウ君は、男の目の前に大量の幻覚剤のパッケージを差し出しました。

「繁華街で売りさばいてくると大金になるよ」

「自分で売ってこい」

 突き返されたキリウ君はハッとしたふうになって、頭のネジをバラまきながら意気揚々と街に飛び出していきました。

 それっきり、彼の部屋にキリウ君は現れませんでした。キリウ君が果たして危険な橋を渡りきれなくて、またドラム缶に詰められているのではないかと思った彼は、今でも時々コンテナ埠頭に散歩に行くそうです。