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21:18 ジパング市 某所にて

 どこぞの出待ちギャルを押しのけて、キーボードを背負ったキリウ君がイライラしながらライブハウスから出てきた。そのままキリウ君は路地裏に入っていくと、ずっとかぶっていたゴム製のカッパのマスクを脱ぎ去り、地面に叩きつけて「死ね!!」と叫んだ。

 カッパに対してではない。きょう、キリウ君が突然呼び出されてサポートに入ったバンドに対してである。

 今朝、カニカニ詐欺をしていたキリウ君のもとに一本の電話がかかってきた。

『うちのキーボのしっぽがちぎれた』

 彼らのキーボはトカゲだった。キリウ君は、本番当日にしっぽがちぎれるというそいつの自己管理の甘さに疑問を持ったが、以前にそういう言い方をして怒られたことがあるので、返事ができなかった。(自力ではどうにもならないことだし、本人はとてもつらい思いをしているらしい。)そのせいで、成り行きで代役を務めることになったのだ。

 もっとも、そのような難しい仕事を何の見返りもなく引き受けるキリウ君ではなかった。ただ、キリウ君が要求したカステラ三本に対し、彼らがロールケーキ四本を提示してきたときから、イヤな予感はしていたのだ。彼らはカステラよりロールケーキに価値を感じていたので、むしろ報酬を弾んだつもりだったらしいのだが……。

 たとえそれが心からの善意であったとしても、はっきり押し通すべきだったのだとキリウ君は反省した。

「そんなら、ほかの奴にやらせりゃいいじゃねーかああああ!!」

 落ちていたコーヒーの空き缶を屋上まで蹴飛ばし、壁にステンシルで相合傘を書きなぐりながら、キリウ君はブチ切れていた。

 ――三十分前、最高の演奏を終えた後、キリウ君は楽屋でギターに掴みかかられた。

『落ち着いた格好をして来いって言っただろおおおお!! 客がみんな、お前しか見てなかったじゃねーかよおお!!』

 わめき散らすギターは泣きそうな顔をしていたが、キリウ君はもっと泣きそうだった。

『だから、これかぶってきただろ!?』

 キリウ君がカッパのマスクを指さして主張すると、ギターはたまらず泣き崩れた。ロールケーキも踏み倒された。(この部分だけ抜粋すると完全にキリウ君がパープリンだが、実際のところ、キリウ君の空色の髪と赤い瞳が彼らのバンドの世界観にそぐわなかったので、彼らがキリウ君に髪と目の色を変えることをじわじわ強要していたという側面もあった。)

 ひととおり踊って頭を冷やしたキリウ君は、カッパのマスクを拾って砂埃を払うと、もう一度それを頭にかぶった。そして腹立ちまぎれに、そのままの格好で駅に行って切符を買った。

 新幹線が到着するとキリウ君は最後尾の車両に乗り込み、後ろから順番に、三列席の真ん中の客に魔法をかけてカッパにしていった。しかし列車の真ん中の車両まで進んだとき、前方から風神と雷神がやってきていることに気づいた。彼らもまた前から順番に、三列席の窓側と通路側の客に魔法をかけて、カッパにしているようだった。

 風神と雷神もキリウ君の存在に気づいたようだが、キリウ君を含め、誰も作業を止めなかった。やがて三人はすれ違い、互いに端まで到達したので、この新幹線の三列席の乗客は全員カッパになった。

 その後、キリウ君はライブハウスに戻り、出待ちのギャルといちゃついてるギターをキーボードで殴り殺した。そして腹立ちまぎれに、そのままの格好で家に帰った。通販でロールケーキを注文して寝た。おやすみ!