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モグラ大好き問題

 ジパング市の通称『三店方式規制条例』施行から三年目の冬の夜。

 農場とゴウフル宇宙電磁波研究所のアルバイトを兼業していた永遠の少年キリウ君は、二年ぶりに其処を訪れた友人の顔にハシャいでいた。そうやって、気が付くといつもハシャいでいる彼は、幸せな少年だった。

「オリオン座を見て何も思わない奴って不感症だよ。あれを創った神様とかそういうのが、絶対にいるような気がして……」

 キリウ君は、意味のないことだけをずっと喋っていた。からっぽの畑を踏み荒らすバイカースタイルの男の後ろを、上を向いて歩きながら。それはキリウ君なりの優しさだったが、その優しさは、彼がカマキリだったころ腹の中に飼っていたハリガネムシにしか理解できないものだった。

「ココロがちぎれ飛びそうなんです」

「黙ってろ」

 一方の男は、ブーツに雑草がひっかかるのを気にしていた。それよりなお鬱陶しげに、何の意味もない雑談をスコップで切り捨てようともしていた。

 男が握っているスコップは、キリウ君が振り回す懐中電灯の光の中、かろうじて虹色に輝いていた。この特殊スコップはレンタル品だ。某地区のパチ屋で交換できる『モグラ大好きチケット』を持って、ここ――バイクで七分くらいの田園地帯――まで遥々来ると、貸してもらえる特殊スコップ。それも、モグラ好きの地主の善意から……。

「俺自身がその神様なのに何を言ってるんだろーな!?」

「死ね」

 共有の幻想を持たぬ友人にギャグを躱されても、農場の雑用係キリウ君はぴんしゃんしていた。実はこれすら、二年前のキリウ君が放った優しさの因果が走り回って、到達した事象だったからだ。

 しかし男の方は、おのれが無慈悲にいなした少年の目に一瞬だけ暗いものを感じ、スコップを突き立てようとしていた手を止めた。言い過ぎたかと思ったのだ。(これは誤解。前述のキリウ君の優しさが、人をダメにするものだったせいで、こういう因果になった。)

 土を半端に踏みしめたまま、男は年下の友達の顔を二度は見ずに言葉を改めた。

「ああ。つまりお前は、自分が不感症ではないということを、オレに伝えたいんだな」

「そうなっちゃう?」

「やっぱり死ね」

 小さなスコップの先端で潰れた甲虫は、スコップアレルギーだったから潰れた。――実際には、アレルギーへの理解が足りない社会への当てつけで、わざと潰れた側面もあった。

 友人はモグラを探しはじめた。砂埃にまみれたカカシを、手持ち無沙汰からひたすら悪趣味に改造するキリウ君を尻目に。

 このへんに立っている鉄パイプが目印なのだ。鉄パイプの根元をなんとなく掘ると、透明な石が出てくる。持ってきた『モグラ大好きチケット』の枚数によって、いくつまで採ってよいかが決まるという暗黙のルールもあるが、とにかくこれが、どこぞの分野では学術的価値が高いとされているらしい。

 残念ながらモグラは見つからなかったが、案の定出てきたそちらは、すぐに三つも集まった。

「換えてくれ」

 デリカシーの無い友人がなんの臆面もなく言うので、キリウ君は指を立てて口止めをするようなポーズをした。それから、カカシを飾り付けるのに使っていたしゃれこうべをかなぐり捨てて、差し出された透明な石たちを受け取った。

「知ってる? この石の波動は、水に入れると、かなり見えなくなる」

「換え……買ってくれ」

 ロックの趣味がいちミリも掠らぬ友人に「ガラス玉」と毒づかれても、ゴウフル宇宙電磁波研究所の雑用係キリウ君はちゃらんぽらんしていた。

 くだんの石は、某反社会組織のフロント団体であるゴ研が、研究材料として買い集めていることになっているものなのだ。だからキリウ君は、そこに停めていたトラクターの荷台の金庫からお金を引っ張り出してきて、友人に渡した。だからキリウ君は、すぐに石を五メートルほど離れた場所に埋めてしまい、なんとなく鉄パイプも立てた。

 そう、モグラ大好きと宣言するだけの紙ぺらになんの趣きがあろうか。でもモグラが大好きだから、パチ屋で出玉とそれを換えてしまうのだ。それでモグラが大好きだから穴を掘っていたら、たまたま価値ある自然物を見つけてしまって、研究機関に買い取ってもらえることがあったからって、何だというのだ。

 職務をまっとうするキリウ君を眺めながら、いつの間にやらタバコをふかしていた男がぼやく。

「相変わらずめんどくせー街だな」

「皆さんねえ、モグラ大好きパワー、もっと貯めてからいらっしゃいますよ」

「嫌味か?」

 男に睨まれたキリウ君は、しかしニヤッと笑った。そして懐中電灯で注意深く辺りを照らすと、返却された特殊スコップを手に取り、一発だけ大きく地面をひっくり返した。

 放り出されてばたばた逃げて行くモグラの背中を指さして、キリウ君が友人に叫んだ。

「あんたらの誰よりモグラが好きなのは俺なんだよ!!」

「お疲れ」

「ありがとございましたァー」

 モグラとタバコの余りで交換してきた菓子をキリウ君の手に押し付けて、颯爽と帰っていく男は、実際のところそんなにモグラが好きでもなかった。ここに来る大体の人は、そんなもんだった。