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そういうわけで

 そういうわけで食用のキリウ君が市場に流通するようになって早くも一年が過ぎたらしいがあれからぼくの架空の兄きのキリウ君はすっかり冷暗所のシャーレの中に閉じこもっている。

 今日もぼくが曇ったガラスをノックして夕飯の買い物に付き合ってくれないかとキリウ君に呼びかけても彼は相変わらず寒天に身体を半分くらいうずめたまま返事さえしてはくれないわけだ。だがたまたま虫の居所がわるくそれが人にものを頼まれる態度かと憤慨してしまったぼくはシャーレの蓋を蹴り上げ更に丸ごと力づくでひっくり返してやったら曇ったガラスが割れた。

 ガラスより透明なブヨブヨにまみれたままのキリウ君を引っぱり出しカステラで釣って車のトランクに蹴り込み最寄りの業務用スーパーへ無免許運転で馳せ惨事る。ぼく。

 明るいところにぶちまけるとキリウ君はとても眩しがっていたがゴキブリの気持ちを考えたことあるのかと慰めてやると渋々カゴを持たせてついてこさせた。ぼくの腕はカステラ屋の職業病で痛い。その気持ちを考えたことあるのかと思うとぼくは時々ドライフルーツがたいていゴキブリにしか見えない目がますます悪くなってしまうような気がして怖くなる。

 店頭でキリウ君が意味もなく手に取ったトマトを戻させながらこいつは本当に大丈夫かとぼくは懸念したのは本当に嘘だ。ぼくはキリウ君を根っから信じていたしたとえ石油王が泣いて頼んでもぼくはキリウ君を信じていた。昨日もおとといもそうだった。だがキリウ君は自分と同じ顔をしたトマトを見て気分が悪くなったらしく気分が悪そうにしており一方トマトは変わらずの安らかぶりであった。

 キリウ君と間違えたふりをしてぼくがわざとトマトに話しかけていてもキリウ君は何も言いやしなかった。ぼくはキリウ君のそういうところがあまり好きではないがそういうのをいちいち主張しない美学もこの世のどこかにはあるんだろう。ない。

 ないといったら陳列台の青白さときたら食べ物なんか売る気がないらしいな。ぼくがぱっく詰めされてピンクの汁をはみ出させてる食用キリウ君の腕の似たり寄ったりの群れの中ちょうどいい誤差を探している頃ぼくの架空の兄きのキリウ君は納得いかなそうにラップの上から自分の否他人の腕を触りたがっていたが売ってるものにベタベタ触るんじゃあないとぼくが当然のことを怒らねばならないことを怒ってたらいつの間にかそんなことはしないようになった。

 それからキリウ君は自分の否他人の砂肝にはじまり内臓をひととおり眺めてるうちにいきなし逃げ出した。この世界で生きていきたきゃあその現実から逃げるんじゃあないとぼくは当然のことを怒らねばならないことを怒ろうとしたがふとやめた。キリウ君も久々にモバイルデバイスがところせましとウヨついているところに連れてこられたから電波を受信しすぎて壊れたにきまっている。

 走って追いかけて駐車場で捕まえて耳から手を突っ込んで再起動してやるとキリウ君は赤い目を白黒させて再起動しておそらく置いてきた買い物カゴを取りに店内へ駆け戻り果たしてそれは事実であった。そのままぜったいに会計などしてないカゴを片手に飛び出してきたのでぼくはやはり当然のことを怒らねばならないことを怒ろうとしたが息を切らしたキリウ君がちょと笑ってるのをどうやら一年ぶりに見たのでふとやめた。

 んで会計しなきゃだからふたりして恐る恐る自動ドアをくぐった結局。