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98.人形少女冒険記 その3

 融け崩れきって悪霊の形がなくなったロウソクの残骸の、その横にしこたま並べられたカラフルなロウソクの、赤い炎が照らす潰れたボウリング場で、ふくよかな男女が語らっていた。

「今度の儀式はいよいよ頭がおかしくなると思ったの。子供を使うわ……たくさん。それもやせっぽちで、簡単には燃えない子供を。この街にはいないでしょう。みんな必死になって、外から来た子を捕まえてる」

「やはり神様の無茶振りは年々ひどくなっているのだ。この街で古くから祀られているモノは、もともとはサキナガ街の大学生の飲み会の罰ゲームで作られた存在であるという僕の調査は、恐らく正しい。その大学生たちの末裔が今の預言者たちであり、ありもしない神託を垂れ流している。すべては飲み会の罰ゲームの延長感覚で行われているのだろう」

「あなたの話が全部本当のことだなんて、私は信じたくない。信じたくないけれど、真実に違いないって、今は確信してる。私のお腹の中のベイビーがこんな街で生きていくだなんて、過ちの歯車に組み込まれていくなんて、耐えられない……」

「そのベイビーは、まさか」

「……あなたと私の九官鳥」

「鳩子!」

「私、あなたに着いてく。この街から出ていくあなたに……」

 鳩子と呼ばれた女がさすった腹は、ボウリング球を詰め込んだくらいに丸々としていたが、その心は愛しさとガーターの奥の闇を等しく映していた。

 一方その頃、キリウ少年は盗んだ霊柩車で乗り付けたモーテルでぐったりしていた。ひとっ風呂浴びて出てきたら、拾ってきた人形と酷似した小さな女の子が、備え付けのテーブルでインスタントヌードルを啜っていたからだ。

「たすけてくれてありがとう!」

 彼女がキリウを見つめる目はキラキラしていたが、キリウは濡れた頭を柔らかい枕に突っ込むと癒されることを確認した。

「あたし、コランダミー。キリウちゃんね、あたしの友達にそっくり」

「くどき文句?」

「やーだー」

 彼女はモミジのような手でプラスチックのフォークを握りしめたまま、陶器のような頬にもう片手をあてて、どうして照れくさそうな仕草だった。

 キリウは人形――少女――コランダミーに自分の名前を教えた覚えなどなかったが、彼女に荷物を漁られた形跡があったので諦めた。身分を証明できるものは一つも持っていなかったが、メモ帳のうしろ三ページほどに新しいサインの練習をしていたのは迂闊だったと、自分を責めて何もかも終わりにした。彼女が何者であるかも、なぜかあまり気にならなかった。そんな日もあるのだ。

「声もおんなじ!」

「おやすみ」

 やたら感動してる彼女をほっぽってキリウは寝入った。底に着くまでに、疲れから手の指がいっぺんに全部攣ったりした。

 やがて、つけっぱなしでも薄暗い灯りのもと、何分か何時間か……それとも何秒か経ったかもしれない。

 奇妙な寝苦しさにキリウが目を覚ますと、いつの間にか隣にあの人形が転がっていた。ほんのりゴミのにおいのするそれが、光のないガラス玉でキリウの顔を凝視していた。ちょっと怖くなったキリウは、そいつに向こう側を向かせて、タオルケットの上から抱き締めて寝直した。

 そして次に気が付くと、翌日の昼過ぎになっていた。

「起きて起きて起きて」

 少女にポコポコ叩かれて起床したキリウは、腕の中にあった人形が無いことと、塩が何でできてるのかということと、外が騒がしいことが気になった。

「霊柩車のアシがついたかな……」

「ご飯食べていい?」

 コランダミーはまるでキリウの瞳の赤さを確認するかのように、再三覗き込んできたが、キリウは首を振って逃げた。そして早急に身支度を整えながら尋ね返した。

「俺が誰に似てるって?」

「ジュンちゃん」

 彼女が屈託なく唱えた名は、キリウがよく知っているものだった。唐突だが数百年ぶりに聞いたその響きは、忘れきっていた思い出か夢のようで、キリウのささくれ立った心を少しモッチリさせた。

「あいつ……? 味オンチだったよね」

 そんなキリウの独り言のような質問のような何かに、コランダミーは作り物っぽい顔を輝かせて応えた。

「缶ぽっくりで天狗の肋骨をジャムにしたバカ兄貴だって! あとね……とっても心配してたよ」

 コランダミーの口から飛び出すものはしっちゃかめっちゃかだったが、肋骨以外のキーワードが記憶の片隅にあったキリウは、ふいに熱くなった瞼をタオルに押し付けた。そしてごまかすように洗面所の鏡をぶん殴って、そこにあった消防斧を手に取った。

 そんなキリウが、寝癖のついた頭に帽子を乗せて、いつの間にかはめ殺しの窓の前に立っていたので、コランダミーも急いで鞄からマヨネーズと練りカラシを取り出した。

 やがて、外にたむろしていた白装束の集団にガラス片の雨を浴びせて、マヨネーズとカラシをかけて、食べ物で遊んだせいで文句を言ってきたPTAも押し付けて、二人は逃げ出した。タルトの甘い香りを運ぶ風の中を舞い上がった。