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86.人食いウサギ

 ウサ巻とかいう変態の話……。

 ほんとはルヅとウサ巻との間には大して関わり合いがなく、なぜかというとウサ巻が気持ち悪いので、ルヅがあまり近づかなかったからだ。一回付き合ってドン引きして、それっきり。しかしどこでキレるかわからん奴が多すぎるので、自衛のため皆ある程度は同業者のことを知らざるを得なかった。

 同業というのは殺し屋のほーではない。借金取りのほーだ。

 借金取り、そう、借金取りだ。

 ウサ巻とかいう変態。裕福な家に生まれ育った坊ちゃんのくせに、借金取りを生業としていたあたり、不器用またはバカであったことは間違いない。もしくは着ぐるみが大好きだった。奴はいつもタオルみたいにぺらぺらしたウサギの着ぐるみを着て、チヤホヤされることを好み、年中ウサギのように発情していた。

 着ぐるみの上、さらにカラフルなスポーツシューズを常用していたウサ巻は、しかしそちらに言及されるのはすこぶる嫌がった。確かにオシャレはとりあえず褒めておけばいいというものではない。だいいち奴は、それを自分でオシャレだなんて思っちゃいなかったんだ。これは自分の人生に課せられた罰ゲームか何かだと、周りには落ち込むたび漏らしていたという。

 ある日キリウ少年がやってきて、ルヅに言った。

「ちょっと俺、明日からウサ巻と行ってくる」

「え……アレかよ。あんなカスと四六時中いた日には、お前、知能指数が半分になって墨吐いて死ぬぞ」

「あんたは俺をなんだと思ってんだ」

 イカかタコ。

 まあ、少し離れた街だけど『持ってるバカ』相手の案件だし、すぐに済むとこの時のキリウは思っていたのだろう。ルヅもそう思っていたし、べつに先の予定が詰まってるわけでもなかったので、キリウがウサ巻と一緒に行くのを止めなかった。そん時ゃ、腐れウサギに特別に貸してやるくらいのつもりだったのかもしれない……。

 少し逸れるが、借金取りの話もしておこうか。

 借金取りとかいうクズ。必要な分さえ取り立てれば手数料(往々にして利子の一部)を貰えることになってるが、そんなん素直に受け取ってたら、ほとんどタダ働きになる。では如何にして食っていくかというと、債務者から余分に金をむしってポッケに入れちまうのが常だ。だからクズだし、返さないバカどもにすらクズと呼ばれてるのだ。

 そして同じ借金取りといっても、『持ってるバカ』から取るのと『持ってないバカ』から取るのとでは、もはや全く違う仕事となる。

 もちろん持ってるバカから無理矢理取ってくる案件の方が、首尾よく行けば早くたくさん毟れるんで人気があるに決まってる。持ってないバカなんて持ってないわけだから、無いところから取るためにまずは職を斡旋してやったり、時にはバカといっしょにイカサマギャンブルに臨んだり、ようは金を作らせねばならんのだから。

 どちらにせよ共通するところは、あとひといきのダッシュを債務者の『身体』で埋めてゴールに飛び込む手段もある、という点かもしれない。金に換えられるもの全て使い切って。

 ルヅが初めて出会った頃のキリウは、長いこと『持ってないバカ』ばっかり相手にしてた暇人で、あまり稼ぐ気もない様子だった。

 それからこの街にルヅが住み着いて、なし崩し的にちょいちょい組むようになって(何時間も張り込んだりバカの監視をしたり、悲しいけど一人で回すには限界がある仕事だ)しばらく経った頃だろうか。キリウが『持ってるバカ』から根こそぎ奪うようになり始めたのは。

 金持ってたってしょーがないなんてぼやいてたコドモが、ようやくやる気を出してくれたのかとルヅは内心喜んだものだ。つまり金が必要になったということなんだろうが、理由はどうあれ、ルヅはキリウをこき使えるのが嬉しかった。他の信用できないチキンなクズどもに比べたら、悲しいくらい素直でアホなくせに情け容赦ないところがあるキリウは、よっぽど使える奴だったからだ。

 喋りすぎたな。

 ウサ巻とキリウは案件を通してビジネスライクな関係を築き、表面上はそれなりにうまくやったという。そこらへんは全てが終わってからキリウに聞いた話なので、どこまで本当だかわからんが、取り立て自体は完遂していたことから、少なくとも嘘ではないのだろう。

 取り立てをやってる間、標的のとなり街住まいのウサ巻はいわくつきの自室に女を連れ込みまくって、暴力的な着ぐるみプレイに興じていたそうだ。だが奴の部屋を借りてた身の上のキリウは、特に何も言わなかったらしい。それ自体は別にどうでもいいし、キリウというのは他人が勝手にやってることに口を出す趣味がないからな。

 問題はその後だ。

 作業が全て終わった日に、すぐ帰ってこなかったのが間違いだったのだ。疲れていたのか、脳みそパープリンのキリウはウサ巻の家にもう一晩だけ泊まってしまった。そして翌朝目を覚ました時に見たのは、ウサ巻がまた引っ張ってきた行きずりの女が、首絞めファックで絞めすぎて死んだ姿だったのだ。

 そこが日陰者の街ではないことを差し引いても、それは事故だった。

 ウサ巻は、通報されて(そこを危惧するのがそもそもおかしい。キリウはそんなことしない)おのれの輝かしくて笑えてくる経歴が、さらにズタボロにされると思ったのだろう。けれど、これ以上人を殺して罪を重ねるわけにもいかなかったのだろう。

 だからキリウが余計なことを喋らないように、ウサ巻は帝王学の通信教育で身に付けたという人心掌握術を試してみた、のだそうだ。それで死体の処理を手伝わせた、のだそうだ。さらには共犯者として一生強請りつづける算段だった、の、だ、そうだ。

 都合監禁されていたキリウは二週間ほど音信不通となった。

 おかげでルヅが勝手に探しに行って、ウサギ小屋のドアをブチ破って、ド変態ゴミカスクソ馬鹿世紀末ウサ巻をショットガンでアナーキーしてディスコードする羽目になった。そしてそこには、完全にイカれた目をして、頭に電極をブッ刺されて、いつにもましてわけのわからないことを宙にしゃべくりながら、埃っぽい台所のすみっこでひっくり返ってるキリウの姿があった。コンロの上でガタガタいってる鍋の中身はトマトとネギと肉。まな板の上に残されていたのは、蝶の刺青が入った人間の皮膚。まさかと思って生ゴミを漁ったら、青いマニキュアが塗られた人間の爪。

 普段は鬼だ悪魔だキチガイだと後ろ指さされてるルヅでも、さすがにそれはちょっとびっくりしたらしい。思わずルヅは腐ったウサギ小屋に液体燃料を撒いて、跡形もなくエレクトリカルバーンしてしまった。

 そういうわけでウサ巻の話はこれで終わりだ。哀れな奴がいたものだな。

 ところでこれは余談だが、その後正気を取り戻したキリウは、真っ先に日付を尋ねて悲鳴を上げたそうだ。ひどく慌てた様子であれやこれや口走るおぼつかない言葉の中に、彼の『ギリのムスメ』の名が何度か出てきたのを、ルヅは確かに聞いた。

 それから少し経った頃だ。もう少しマトモな仕事を探すとのたまって、キリウが突然借金取りをやめたのは。

 あの時あいつ助けてあげなかったら果たしてどうなってただろうな。

 黒い服を着て、ベタつく髪を整えて、ショットガン抱えてルヅはふと考えた。