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8.イナゴと呼んでください

「しなちくが入ってねーぞ、オレのだけ」

 やかましい飲食店内にて、そのヌイグルミみたいな妖精が声を荒げたことに気づいたのは、彼の隣の席にいたキリウ少年だけだった。ヌイグルミというのは、あくまで大きさの例えだ。二頭身ちょっとのそいつは、緑色の植物性の皮膚をしていて、赤い花弁のような服を着た妖精さんだ。妖精さんとは言っても、羽は無いし大きな口に白いギザギザの歯を並べているし、額には電波状況を示すかのような形をした、変な触覚が生えていた。

「おいこら店員さん、聞いてんのかッ」

 カウンター席の椅子の上に両足で立ちながら、背の低い妖精は、無機物の店員に噛みつかんばかりの勢いで食ってかかった。ということは本当に噛みついてしまったわけで、今まさにノコギリのような鋭い歯が、ごりごりと店員の肩を削っているところである。

 目の前の光景をもてあましていたキリウは、握りしめていた箸に目を落とした。箸は割り箸でもないのに先端が割れていた。むしろ砕け散っているようにも見えたが、粗悪な合成プラスチック製の箸ではよくあることなので気にせず、箸立てからもう一膳を抜き取った。

 その先にしがみついていた謎の小動物が、下品なゴシップネタを小声でつぶやき続けていた。キリウはそれを指でむしって潰して隣の妖精を見た。そして恐る恐る問いかけた。

「あの、あなたは、ラジオやってる人ですか?」

 見知らぬ少年から急に声をかけられて、涙目の妖精は少し驚いた風な顔をした。そしてようやく店員をかじるのをやめた。ごろんとカウンターの上に落ちてくると、そのままキリウの手元に陣取り、大きな二つの暗い目で彼をじっと見つめた。

「知らねえな。ボイスチェンジャーの具合をエンジニアに相談するかな」

「あんたの口の悪さと、ケラケラしたような声はオンリーワンですよ」

 妖精が何も言わずに、キリウの分のしなちくを食べ始めたこと自体については、キリウは特に気にしなかった。ともかく、その妖精はキリウが愛聴している例の電波ジャックラジオのD.J.らしいと、彼は気付いてしまった。

「あの、電波ジャックってやっぱり電波塔の近くとかにいるんですか……」

「頭悪そうだな、おまえ」

「い、や、最近電波塔まで出向く機会が増えたから、あんたらに会えたらなって」

「追っかけかよ。嬉しいね。でもあの電波塔はな、電波出てないからな。足元でも余裕で圏外のとこあるからな」

 住所不定は至高、などと妖精は歯を見せて笑った。使い回しのプラスチック箸を使っている店だったので、箸袋以外の何にサインをもらおうか考えあぐねているキリウは、電波塔から電波以外の何が出ているのかについては、あまり考えなかった。

 キリウの分のしなちくを遠慮なしに食べつくした妖精は、彼の本来の席へと戻った。そして店員から遅れて出された餃子にラー油でバーカと書いて、向こうのテーブル席の女に投げつけた。

「頭悪そうで、思い出したぜ。おまえって、こないだ電話相談かけてきた『バッタ野郎』だよな。その後どうだ、精神的トウモロコシ畑の概念は体感できたか?」

 この人にならば刃物で身体にサインを書かれたって喜べる、と思ったキリウだった。確かポケットに、今朝死体を漁ってた時に見つけたカミソリが……。