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72.なんということはない日

 昼休みの日陰者街第二高校、屋上にて……。

「最近モリのやつ、肘キチガイとつるんでばっか」

「あんたは用済みなんだニャ。あの子、もともとあんたに興味なかったニャ」

「あたしの時もああやって、思わせぶりに見つめてきたくせに!? だからかまってやったのに……バカ! 尻軽! 淫乱! グズ女! ううっ、捨てられた者の痛みを知るがいい。それでは一曲目です、『地獄への道はカステラで舗装されている』」

「あんたの席があの子とユコの間だっただけじゃニャいか。それより、バカなことやってニャいで、早くコンソメキューブ買ってくるニャ」

 

 

 一方その頃、地下の喧しいゲームセンターにて……。

 その日、ユコはそこで客層調査のアルバイトをしていた。学生が空き時間に入れるバイトとしては、わりと人気のあるやつだ。しかし適当なデータを提出するクズが多いため、明日にでもなくなりそうなバイトでもあった。

「そういや、またアメもらった。食べる?」

「ちょうだい」

 そもそもこれは、従業員の大幅な無機物化が進んだことが発端であった。彼らにこのような有機的な調査は不可能だ。おまけにこの町には監視カメラを壊すアルバイトも存在しているせいで、生身の人間がリアルタイムで調査をするしか方法がなくなっているという、どうしようもない背景があった。

「頭が人間じゃないお客さんとかさ、どう数えたらいいんだろうね」

 首を傾げるユコの手元の紙束をモリが背伸びして覗き込むと、そこには『ヘアピン』『カミキリムシ』『かつおぶし』などと羅列してあった。

「銃でバンバンやってるのは、アミノ酸って感じの人が多いんだよ」

「アメおいしい」

「そう」

 口をモゴモゴやってるモリを一瞥して、ユコはニヤリと笑う。オヤっさんに教えてやろうと思ったのだ。

 しかしあっちのメダルゲームのところに目をやったら、視界の隅にイヤな奴の背中が入り込んだので、彼女は一気に冷ややかな顔に戻った。早歩きでそいつへ近づいていくユコをのんびり追いかけるモリの足元では、微妙にサイズの合わない靴のカカトが、ブカブカ言っていた。

「一日中それやってるの?」

「あ?」

 ユコのつんけんした声に振り返った男はどう見てもルヅだ。シケモクが山と積まれた灰皿を横に、油っぽい髪に甘い香りとニコチンをくっつけて、相変わらずの高圧的な態度であった。でもユコとしては、足の組み方が一番気に障った。

 この男はもうずっとここでメダルを回していた。しかし曲がりなりにも顔見知りが何時間も同じ空間に居たというのに、今日二人が言葉を交わしたのはこれが初めてだ。もちろん目を合わせたのも。友達の友達なんてこんなものかい!? ねえコスモリーナ、君がミルクに入れてたものと同じものを、ボクはりんごジュースに入れてる。

「あの猫はどうした?」

 トランのことだろう。なぜかユコは、ルヅにそんなことを尋ねられた。

「うちでマクラ噛んでる」

「なんだよカスめ。お前こそ平日に何をしてるんだ。学校へ行け。失せろ。ゴミクズ暴力クソ女。親の顔が見てみたい」

「やーだ」

 実際のところ、ルヅは遊んでいるわけではなかった。遊んでもいるけど、これは彼の商売の営業を兼ねているし、何より約束した客を待っていた。ルヅだけでなく、ここには怪しい稼業をしてる怪しい奴と、その怪しい奴に頼るしかないような怪しい客がたくさん来る。だから、梱包材くらいとしか交換してもらえないメダルなのに、こんな街でこのメダルゲームがもっているのだ。

 彼はタバコを片手に毛細血管を縮めながら、ユコの隣で呆けている少女をじろじろ観察する。病的に華奢で背が低く、痣だらけの手足をむき出しにして、長い前髪でまん丸い目に影を落とした……。

「こういうのが立ちんぼやってたのが、日陰者の街だったんだよな? 最近はなんか健全になってきてて、オレは悲しいわ。嫌な話だろう。落ちこぼれ学校を立て直すとか言って、あいつら取材のカメラ貼りつけて、うろついてんだろ、隣街の某団体が。ふはは。お前ら、動物園の動物だと思われてんだ。実際には、ゴミ溜めのゴミ以下なのに」

 急に上機嫌に喋くり出したルヅだったが、しかしユコは手元の紙束に何やら書き付けていて、全然聞いている様子が無かった。実際には聞いていたのかもしれないが、反応が無ければルヅにとっては同じことだ。彼は一事が万事、反応してもらうために喋っている。

「死ね。用がないなら帰れや、カスども」

 拗ねたように筐体に拳を押し付けているルヅから目を逸らして、ユコは相変わらずそっけない態度だった。

「私、これバイトだもの」

 この人は冷やかしだけどね、とユコはいつの間にか背中に隠れていたモリの肩を抱いて、付け足した。

 やがて妙齢の女性がやってきて、ルヅと何やら話すと連れ立って、プリクラをとって店を出て行った。それからユコはまた店内をちょろちょろ回り始めて、モリは疲れたので帰った。

 なんということはない日だったな。

 

 

 話はさかのぼって、昼休みの日陰者街第二高校、屋上にて……。

「はあ~~。コンソメ買ってきたよ」

「ありがとうニャ。特別に食べていいニャ」

「しかたないなあ、モグモグ」

「じゃあ、次はこの水筒に溶かした鉛を入れてきてニャ。そしたら飲んでいいニャ」

「モリー!! どこいったのモリ! たすけて! お願い! あたしの代わりにパシられて!」

「早く行けニャ。高血圧で死ぬニャ。ニャはははは」