白い街だ。日陰者の街と呼ばれてるあの場所に似ていた。
このバス停の行き先は『第四十六倉庫』と記されている。しかし恐らく目指すところはそこではないので、ぼくはバス停を離れて歩き出した。
空を見上げるとひどい夕方だった。何がひどいのだろう。ただ、ひどいと思った。
街ゆく人々は、頭がなかったり大きな目がついていたりと極端だ。共通点としては、妙に背が高いということと、トライアングルやアコーディオンといった楽器を携えているというところか。
「……何それ?」
「ビブラスラップ」
しらねえよそんな楽器。
そして顔がない奴もいるので定かではないが、全員がこちらを向いているような気がする。彼らが何を考えているのかはわからない。ブサイクばかりだ。
街の中だというのに、道路には白くて尖った石のかけらがたくさん落ちていた。大通りをしばらく歩いて、ようやくぼくは、それらが普段見ている白い花の根元に隠されていたがれきであることが認識できた。何度か同様の経験があるが、どうもこれだけはうまく記憶に刻むことができない。
目の錯覚というやつかな。たぶん今ぼくは笑っていた。
適当なところで一回曲がって路地に入る。
唐突に、建物が落とす陰だけでは考えられない暗さをした無数の道が現れた。だが、こんなのはよくあることだ。
二回目を曲がると、光るカカシが立ち並ぶ綺麗な田園地帯に出た。ひときわ大きなカカシの根元におびただしい数の電池が転がっている。ぼくはひとつ拾い上げて、なぜかそれが使い古しの廃品であることに気付いた。全て集めて、拾った布袋に入れて、少し引き返してゴミ捨て場に置いてきてやった。
三回目を曲がると、プレハブ小屋があった。入口には切れかけた蛍光灯。中に入ると何かの事務所のようで、黒い服を着たうさんくさい雰囲気の人間がみっつほどテーブルに会していた。昔見た映画にこんなシーンがあった。その映画ではこの後ヒットマンが来て、三人のうち二人は豆板醤で窒息死させられるが、残りの一人が傷を負いながらヒットマンを消防斧で返り討ちにする。
危ないので急いで外に出た。
しかし走って逃げて四回目を曲がったその瞬間、背後で、爆発と罵声とガラス窓が雪崩になるさまが入り混じった轟音がした。どういうことかと振り返る前に思い出した。
あれは映画ではない。あの後来るのは、手榴弾を持ったキリウと『ぼく』だ。
ぼくはすぐにもう一度曲がって、廃棄されたタクシーの陰に身を潜めた。笑い声をあげながら走ってきたキリウと『ぼく』は、案の定先程までぼくがいた路地を、風のように駆けていった。
誰かの中の自分に会うのはぞっとすることだ。
壊れそうな心臓をおさえて、また別の道へぼくは入った。
それから何度曲がったかも分からない。何かを探すというよりは、興味本位だったからだ。ある意味それが楽しいのだが、でも最低なんだ。最低だな。ぼくは最低な野郎だ。最低。おまえほんと最低だよ。わかってる。最低だな。サイテー。うるさい。さいてい。うるせえ。最低。
最低だよアブラムシって。汁吸うし。
ある道の先に目をやると、そこは真っ黒な闇で塗りつぶされていた。その奥で無数の何かが、パチパチと奇妙な音を立てて動き回っているようだった。前に進むのがためらわれ、隣の路地に行くと、そこもまた闇だった。何本横へ行っても同じ闇だった。
元来た道がカッパの死体の山でふさがれていた時点で、そろそろぼくは面白半分にうろつくのをやめた。そして地下の空洞を探し、目的の……該当するアドレスへ自分を転送した。
降り立った空間は相変わらずの真っ暗闇。道の向こうにいたパチパチが、ぼくの周りを飛び回っているようだが、とにかく暗すぎて何も見えない。ぼくはなにか適当な照明を求める。見えない方がいいのかもしれない、という頭の中の声を振り払って。
そして握り締めていたのは、どうやら手回し発電機だった。
カンテラとかの方がかっこいいのに、と思ったがぼくは渋々それを回した。しかし壊れているらしく、光る虫よりも光らないどころか、優しげなオルゴールの音色が流れ始めた。いい音なのでそのまま回し続けた。
しばらく歩いていると、遠くに小さな光が現れた。それは何かが燃える炎のようで、近づくほど想像以上に大きいものであることが分かった。ふと見ると、パチパチは一匹残らずぼくの周りからは消えており、その姿を知ることは叶わなかった。
ぼくはオルゴールを回すことをやめて、炎の前で作業をすることにした。ここなら全てに手が届くだろう。誰にだってそんな場所があって、そしてぼくには探さなければならないものがあった。
それはまばたきするくらいに一瞬だ。
でも終わった時、ぼくは体中の穴という穴から黒い液体を噴き出して、倒れていた。自分が気絶していたのか、そうでないのかすらも分からない。ただ確かなのは、ぼくがここから触れたものの中に、『明らかにおかしな何か』があったということ。今分かるのはそれだけだ。
――だからぼくは、後ろから近付いてきた存在の気配に気付けなかった。そいつに背中をそっと撫でられた時、ぼくはそいつをキリウだと思った。でも違った。顔は見てないけど、そいつは少なくとも、キリウじゃない誰かだったんだ。そいつがぼくを、炎の中に押し込もうとしていた。
今思うと、あれは手回し発電機じゃなくて、ただのオルゴールだったのかもしれない。
咄嗟の転送のせいでガタガタになった頭をかかえて、無理矢理修復した身体でふらつきながら、階段をのぼってゆく。最初の白い街に出た。今度は、キリウの髪の毛のように鮮やかな色をした晴天がぼくを待っていた。
ここから見ると、遠くに白い電波塔が見える。
なんて忌々しい。