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58.最終列車が過ぎて

 このメロンが熟しやがて潰れても
 私の心が壊れることはないだろう
 だがこの身体は今も枯れ続けているのさ
 無数の電波が描く虹は君らを焼きはしないけど
 それでも人を愛しなさいよ
 虫みたいな少年たち
 ――D480 黒レンガ街の八百屋の店主

 

 金属のレールに頭を割られて、線路の上でうめいている空色の髪の少年イコール、ジュン少年の兄である。それを認めた時、ジュンは右手でその白髪をむしってニャアと言うしかなかった。奴は列車が去ってすぐ、帰ってきたばかりの弟に向かって、真っ直ぐに突っ込んできたのだ。ジュンがカナブンかと思って避けなければ、一緒に線路へ落ちていたことだろう。

 愚かな兄を想ってジュンが声をかけようとした途端、そいつは勢いよく起き上がって無言でプラットホームをのぼってきた。そして突然泣き出すと、ジュンを正面から抱きしめて叫んだ。

「ジュン!! ミカンだよ俺は!! 食べてくれ!!」

 そんなキリウの割れた頭からはトマトの、首に回された腕からは消毒液とガソリンのにおいがすることに、ジュンは気付いてしまった。またこいつは変な改造手術を受けたに違いないな、昔からそうだ、いつもぼくが知らないところで、キリウはどんどん人間から離れていく――そう呆れながら、軽く背中を叩き返した。

「財布をゴミ収集車に投げ込んだうえで自分の身元を証明しようとしてた頃と、かわんないな。キリウは」

「俺が言うところの俺とゆーやつはそんなもので消えるという結論は、今もかわらない。だがな、結局のところ俺が、ジュンの唯一の身分証明書なんだよ!!」

「ダメだねそれは、全然ダメ」

「ダメか」

「でも、嬉しいよ」

「おかえり。ジュン。もう会えないかと思ってた」

「ぼくもだ」

 そのままジュンの足元に崩れ落ちたキリウの頭から、脳汁にまみれたネジが数本、生温かい涙と共にコンクリートへ降り注いだ。もの忘れの激しいキリウが、全力で弟の存在を意識に繋ぎ止めるために使っていたネジだ。それらは黄色い線の外側めがけて一直線に転がってゆき、プラットホームの縁から身を投げて、乾いた音を立てた。

 そんな彼らをただただ眺めていたルヅは、ふと凄まじい寒気を覚えた。キリウの弟がどうやら架空の人物ではなかったらしいこと、それは別に本当にどうでもいい。二人は髪の上からペンキをかけたら恐らく見分けがつかないくらいに顔も体格もそっくりだということ、それもまったくぜんぜん興味がない。ただ、同じ顔をしているはずの二人は、表情の作り方だけが微妙に違っていたのだ。それが異様に気色悪かったから……。

「ルヅさんよ、見ろよ、弟だよ。全部俺の妄想だと思ってたんだろ。あんま舐めるなよほんと、ブチ殺すぞ」

「誰だチクったの。死ね」

「ジュン、この悪い大人はルービックキューブ。何言ってるのかぜんぜんわかんない」

「おい弟、弟ならこの公害をなんとかしろマジで」

 ルヅが見たキリウの目は、完全にギョルギョルしていた。

 しかしジュンはルヅを無視して(知らない大人と話してはいけない)鞄の中を漁り始め、取り出した菓子の箱をキリウに渡して、ぎこちなく笑った。おみやげというのは頭のネジを締めるために使われる。カドに頭を叩きつけた痛みだけが、記憶を刻んでくれると信じてた。

 一方、無視されて何もかも嫌になったルヅは、肩とか腕を掻きむしった。無視はいちばん人を傷つけるのだ。そして短くなったタバコを、手近なゴミ箱にそのまま叩き込んだ。けれど甘ったるい香りのする巻紙が指から離れた瞬間に、彼は思い出した。先程そのゴミ箱にキリウがガソリンを注いでいたということを。

 発火炎上爆発。熱風が取るに足らない三人を吹っ飛ばした。

 それでも日陰者の街は、駅の売店の売り子の暗い目の中で、いつもと変わらずますます冷えてった。売り子は手元のバリカンで、すっかり髪が伸びた頭に剃り込みを入れて、火の粉の散る夜空を仰いで考えた――野球よりバンドの方がモテる。

 この街は変わらない。誰が来ても誰が消えても何も変わらない。