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57.ジュン少年とコランダミー その6

 コランダミーは呪い人形である。呪われた人形ではない。呪いをかけるために使われた人形である。対象の身体の一部を人形とかに埋め込み、その人形とかに対して呪術とかを行うことで、なんだか知らないが呪いとかいうのが成就する、とかいうやつに使われたらしい。

 彼女と出会ってしばらくした頃、その話を聞いた時、ジュン少年は彼女の胸に埋め込まれたモノを取り出してやった。当時の彼はその理由を、自分と同じく理不尽な理由で呪われた彼女にシンパシーを感じたのかもしれない、と本紙インタビューで語った。――見るとそれはガラスでできた差し歯だった。差し歯は人間の一部と言えるのか? 綿の飛び出した傷を縫合してやりながら、よく分からなくなった少年であった。

「それでブタの肝臓をぼくに移植したとするよ?」

「あたしウサギがいい」

 昔の話はともかく、今は商業施設の屋上でこんな話をしていた。

 なんですか? ところでジュンは、自分が悪魔じゃなかったらどんな大人になっていたかなんて、あまり考えなかった。大人になりたいとも思わなかった。それより彼は、自分の顔がよい老け方をしなさそうなことを気にしていたからだ。あと立端が二十五センチは伸びる保証があるなら、大人になってやることを考えてやってもいいけどな、とか思っていた。

「ジュンちゃん、これあげるウサ」

 コランダミーが、アイスクリンに突き刺さってた焼き菓子をジュンに差し出してきた。アイスクリンは、コランダミーがチューリップの手相を占った金で買ってきたものだ。

「いいよ。ミーちゃん食べなよ。それがついてきた意味があるんだ」

「ウエハースきらい」

「そう……」

 少女に嫌われた菓子をそこらの害鳥にやりながら、ジュンは、自分は他の永遠の少年たちより寂しい思いをせずに済んでるのだろうなと思った。

 これだけ長いこと旅人をやっていても、自分と双子の兄以外の生きている悪魔を見かけたことは、あまり無かったのだ。数少ない彼らもほとんどは死人のようだった。温泉宿街で出会った、ドリンクバーに改造されてたあいつ。ある金持ちの娘がわずらった不治の病の治療の一環で、キロ単位で買い取られたあいつ。某研究所の装置に接続されて、若い細胞サンプルを提供し続けることになったあいつ。捨てられることこそなかったが、息子が悪魔だったショックで脳みそパープリンになった親とずっと暮らしてて、おそらく今も親のガイコツと離れられないでいるあいつ。動く肉塊だと思ったら悪魔だったあいつ。ひっくり返せばきりがない。

 なのにジュンには同じ永遠の少年の兄がいて、今は隣に人形のコランダミーもいる。人形は大人にならない。おまけにジュンと同じものが見えるときた。嘘みたいな話だ。

 だから彼は時々、どこまでが現実かわからなくて不安になった。あの怪物に押し付けられた魔法が、無意識のうちに自分の願望を叶えているだけだとしたらと思うと、気が気ではなかった。兄など実在しないし、漫才師にもなれなかったし、そもそもぼくはとっくの昔にケムシに食われて死んでいたわけだ。エヘヘ。

 そんないやな考えは、突如鳴り響いた警笛にかき消された。続いて湧き上がった歓声が、噴水前のイベント用スペースを満たした。

 今日はここで地元バンド『サイバーマリモネット』が演るらしいんだ。ヤツらは、とあるラジオ番組でのプッシュをきっかけにここ数年で着実に台頭してきたとされる、エレクトロックでマグネティックなパルスだ。特にあの真ん中で遮断機を振っているポピ・アレキサンダル氏は、存在そのものがエコノミックだとかで、若者からカリスマ的な人気を集めている。街を飛び出して売れた後も定期的に凱旋してきてライブをやるとかで、地元民からの支持も厚いらしい。

 けたたましい警笛が、家族連れでごった返す休日世界を危険性の淵に叩き込んだ。親の手を振り払った子供が、神経をむき出しにして騒ぐ。昔からの熱心なファンらが、磁石の仕込まれた靴のかかとを打ちつけて叫ぶ! ジュンの手のひらからこぼれる欠片を追って舞い降りる鳩たちも、気が付けばその目を七色に輝かせて歌っていた。

 真にすぐれたエレクトロは空の色を変え、バベルの懐で引き裂かれた人間たちを再び一つに戻す(某誌先月号掲載のポン学研究家タキオンヌ絹田のレビューより)。

 よくわからないままノっているコランダミーの隣で、ジュンはふと、この楽曲がインストゥルメンタルであるという事実に気付いた。いったい皆は何を歌っているんだろう。

「ミーちゃん、何歌ってるの?」

「歌だよ!」

 なぜ皆歌ってるのにインストゥルメンタルだと分かったのだ……。

「ミーちゃん。ぼく、おみやげ買ってくるね」

「ロマロマ(いっしょに行く)」

 ※エレクトロ・マグネティック・パルスのロマ。

「そう。じゃあ、ミーちゃん選んでくれる?」

 脈絡のない提案にきょとんとするコランダミーの向こうで、サイバーマリモネットのベーシストが背中から噴水へダイブし、観衆は全員発狂した。カビの胞子が充満した水滴が二人の周りまで飛び散った。

「いいの?」

 コランダミーは不思議がって尋ねた。ジュンが兄に贈るおみやげは、いつも彼が投げやりに選んでいたからだ。丸いものとか赤いものとかで適当に決め打ちして選んでたことすらあるが、それでもジュンが投げやりに選んでいた。しかし彼はそっぽを向いて、小さな声でこう続けた。

「ついでに、ぼくにも選んでください」

 珍しく照れくさそうな顔をする彼の足元で、急速に成長したカビがピンクの花を咲かせたが、嘘だ。幻覚だ。カビは一日に鶏を一匹つぶして増えるものだ。

 ああ……。

「最後だもんね!」

 合点がいったらしい人形は満面の笑みを浮かべて、きょーえつしごくと宣った。どこでそんな言葉を常用辞書に登録したのだと聞く気も起きず、少年はコランダミーの頭をポンとたたいた。そして祈った。

 ジュン少年とコランダミーが一緒に訪れた最後の街。救急隊員が溺れたベーシストを人混みをかき分けて運び出す傍、遮断機の損壊と窃盗の容疑でマッポに連行されるポピ・アレキサンダル氏。