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55.ジュン少年とコランダミー その5

 月だ。頭の上に月がある。

 月というのは銀色に輝く球形の種子植物で、生命が無意識下で見る悪夢でもって維持される非常灯だといわれている。

 夜の闇の向こうに立っているあの暗黒の電波塔は、巨大なミサイル兵器だ。そいつが地響きを立ててミサイルを一発撃つと月に穴が開き、月の中からあふれ出した悪夢がこの世界に降り注いだ。

 悪夢の雨を真下で浴びてるうちに、ぼくはだんだん身体が暗くなってきた。そうしてぼくはいつか影になるのだと思った。白い地平の真ん中にたたずむ黒い影を見たことがあったけど、それってこういうことなんだと理解した。

 少しすると月が空っぽになったのか、雨は止んだ。でも辺りを見回すと、ぼくと一緒に雨に打たれていた周りの白い花畑は全部真っ黒に染まっていた。そんな中、銀色の月の光だけが真っ黒い空と地平の境を教えてくれている。

 そのまま穴の開いた月を見上げていたら、また地響きが起きて、電波塔の先からミサイルが発射された。それは再び月を穿ち、そして今度は立て続けに何発ものミサイルが飛び出してきて、止まらなかった。砕けた月の欠片が次々と流星となって、星のない真っ黒な空を駈けては消えていく。燃え尽きる。

 月が欠けるにつれてぼくは不安になってきた。

 音もなく着弾し続けるミサイル、とめどなく降り注ぐ光の粒子、月というのは銀色に輝く球形の種子植物で、生命が無意識下で見る悪夢でもって維持される非常灯。

 ちがう。

 痛む鳩尾の奥に手を突っ込むと、肋骨の間から黒い液体にまみれたショックドライバーとトンカチが出てきた。

 ネジを壊すんだ。

 一歩踏み出すと、靴の裏で花が潰れる乾いた音がした。もう一歩踏み出すと、骨髄の一部が花の蜜に置換された。二歩、三歩、四歩、外れた歯車が口からこぼれた。ぼくのせいで散った黒い花びらが、地上にまで達したミサイルの風圧で舞う。

 気が付くとぼくは、体中がガチャガチャいうのも構わず、電波塔に向かって真っ直ぐに走っていた。

 ミサイルをとめなきゃ。電波塔をなんとかしなきゃ。月がなくなったらカステラが黄色じゃなくなる。それが何でできてるかなんてどうでもよくて、ただぼくは月が見られなくなるのが嫌で、怖くて、それを許したら次はぼくの番だって、ぼくじゃなかったとしてもぼくが好きなものがミサイルで吹き飛ぶ。

 ネジを壊すんだ。こわせない。

 やめてくれ。

 何を?

 なぜ?

 いつ?

 誰が?

 どこで?

 どうやって?

 5W1H!

 何をだ!?

 耳の奥で誰かに怒鳴られた気がして立ち止まったその瞬間、バラバラにぶっ壊れた。べたつく黒い手が吹っ飛んでいった。ぼくは自分の額にショックドライバーを打ち込んだんだ。

 

 隣を歩くジュン少年が大量の小さな歯車を吐き出して膝をついたので、コランダミーはびっくりしているようだった。

「ジュンちゃん、だいじょうぶ?」

 大丈夫なわけあるかあほ。ジュンは大丈夫だよと答えようとしたが、それは歯車がノドに引っかかってできなかった。ただ、コランダミーの顔を見たら涙がこぼれた。どうしても何か言いたくて無理やり咳き込むと、錆びた歯車がまた駅のホームに散っていった。

 この感情がなんだかわからない。