「なにそれ。包帯巻きたい病? 若いっていいなほんと」
頭や肘をガーゼと包帯と絆創膏でベタベタにしたキリウ少年を見下して、ルヅは冷ややかにそう言った。
「どういう意味だバカ」
(1)キリウにはそれが冗談なのか本心なのか分からなかった。(2)どうすれば窓の外のベランダの手すりの上に立ってる奴を、部屋の中の椅子から見下ろすことができるのかも。
問1.『それ』が指しているものを本文中から三千文字以内で抜き出しなさい。
問2.具体的な方法を考えて記述しなさい。必要ならば図を書くこと。解答欄に収まらない場合は、解答用紙の裏を使用してもよい。
「あのねえ、昨日、電波塔の上で考えたギャグなんだけど」
「聞いといてなんだが心底どうでもよいわ。そんなボロ雑巾のよーなていで何をしに来たのだ貴様」
何をどう聞いていたのかはもはや不明である。それとは関係なく、机の上にあったタバコの吸殻でいっぱいの空き缶を手に取ったルヅを見て、キリウは慌てて無傷な方の腕に下げていた紙袋を突き出した。投げつけられると思ったからだ。実際、ルヅは投げつけようとしていたので、それは正しい判断だった。
その場から動くなというルヅのジェスチャーを無視して、キリウは開けっ放しの窓から部屋の中へ紙袋だけを投げ込んだ。床には半壊した電子機器の部品や何かの消し炭が散らばっていたため、上がり込む気にはなれなかったのだ。
そしてイヤそうな顔した家主が袋の中身を改めると、出てきたのは未開封のタバコ三カートンと安物ライターだった。
本当にそれだけだった。
「……」
「なんだよ」
「いや……」
長い沈黙、そして逡巡したのち、(3)やはりルヅは空き缶を窓の外のキリウの頭めがけて思い切りぶつけた。よろめいたキリウが大量のシケモクとともにベランダの向こう側へ落ちていったのを確認すると、彼は戸締りをしっかりして寝た。真昼間から。
問3.ここでのルヅの気持ちとして適当なものを以下から一つ選択しなさい。
ア)キリウがタバコをくれて嬉しかった。
イ)タバコと一緒に請求書や感染症患者の血などが入っていなくて不気味だった。
ウ)暴力の衝動が抑えきれなくなった。
エ)電波に命令された。
「『ウ』って私のことじゃない。アハハ」
夕方の薄暗い路地で、ユコが虚ろな目をして楽しそうに独り言をつぶやいていた。
その近くに、かなりタバコくさいキリウがミサイルみたいに突っ込んできて、そのまま狭い道の端まで転げていった。彼はルヅに撃墜された後、満身創痍のまま目を血走らせて、街中の屋根の上を元気に跳び回っていたところだった。
「ああもーっ、なんもないとこで転ぶっ。ねえユコなんでだっ!?」
「うわ! キリウだ。どうしたのそのケガは、大丈夫?」
「貧血」
キリウの言うことは間違ってはいなかった。確かに電波塔から落ちた彼が正気に戻った時、全ての致命的な傷はすっかり塞がっていた。それでも血をいくらか失っていたために、その後がれきの上で何度か転んで、このように細かな擦り傷と切り傷まみれになったのだ。
そんなことよりキリウは、頬に引っ掻き傷がついていたり、スカートから出た脚がアザだらけになっているユコのことが気になった。彼女は背中を建物に預けて、立ったまま身体をだらりとさせていた。
「でもユコの方こそ、それ、他人の心配してる場合かよ」
キリウが頬を見ていることに気づくと、ユコは今それを思い出したような顔をした。そして傷口のめくれた薄い皮膚を、両手でやや慎重に引きちぎって、そこらに捨てた。
「こんなんよくあるよ、平気」
言葉に反し彼女は姿勢を正そうとした途端によろめいて、また落書きだらけのビル壁にもたれかかった。
しかし気分が悪そうに鳩尾のあたりを押さえて、ギラついた目で笑う彼女の様子は、とても自然で美しくキリウには思えた。その手が砂埃にまみれていて、爪と指の隙間に乾燥した血が詰まっているのが、なおよかった。
「エヘヘ。なんでだろ、だんだん痛くなってきた」
「暴れてる時には、脳みそがイっちゃってて分からんかったんだ。帰ったらすぐ手当するんだよ」
キリウはユコに家まで送ろうかと尋ねようとしたが、断られることを知っていたのでやめた。いつから!? 生まれた時からだ。
一方その頃ユコの神経系では……。
『血圧上げていこうぜ!』
最近の若者イコール宇宙人定理によりユコは宇宙人なので、独特な神経伝達物質を持っていた。月の引力で満ち引きを繰り返す血潮の上で無数に跳ね回るエビ。ラピッドにサイクルする駄犬と、暴力物質を塗布した風車。
抜いて投げたところ爆発したが、また生えてきた。
「夢は覚めたの?」
極めて幻聴に近いユコの声とともに、ふいにガソリンのにおいを感じて、キリウはいつの間にか握っていたエビを取り落としそうになった。二人とも海やエビを見たことがなかったので、彼の大きくない手の中でもがくエビの造形のおぞましさに、揃って驚愕した。
とりあえず上着のポッケにそれは突っ込んでおいて、少年は目のピントを合わせた。そしてべたつく手を振って答えた。
「覚めた」
「よかったね」
ガソリンか。このガソリンのような少女、血混じりの胃液混じりの唾液を道端に吐かずにおれなくなったユコを彼女のアパートまで送ったら、ガソリンを買ってルヅの家に行こうとキリウは思った。
エビはずっと元気に動いてたけど、お腹が空いたからあとで食べちゃった。忘れられないくらいおいしかった。