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29.闇の彼方

 あの星々にも名前があることを知ってたか。それだけじゃない、一応、全てのものに名前はある。そうでなきゃ管理上問題が……。

 キリウ少年は丘の上で星空を見上げていた。彼が座り込んでいる白いがれきの一帯は、いくらか余所よりは起伏が大きいようだった。たいていは、どこまで行ってもあまり高低差がないものだが、ここはそうでもなかった。

 目で星を結ぶこと数時間、ついに彼は目当ての形を見つけ出したようだ。それでは皆さん東の空をご覧ください、今、矢印のところにあるのが春の星座のひとつ『虚数空間座』です。

 そうしてキリウの意識が虚数空間に入り込んで、途方もなく長い時間が過ぎた。

 ――ウケケッ!! フキキヌキョホホホーーッペプヒ! コケコケ(笑)

 ――た、大変だ! イカゲソ揚げの鉄人の山田さんが拘束具を解いて暴れだした!

「お茶を……」

 しかし背後で響いた誰かの声と何かが割れる音で、キリウは現世へ引き戻された。どういうことかと思って上半身だけで振り向くと、そこには彼の弟がいた。

「ぼくはあの時、お茶をすでに二人分淹れてた。それからキリウに尋ねたんだ、お茶飲むかって」

 そいつは、手に空っぽのマグカップをひとつ持ってがれきの上に立っていた。見るとそいつの足元では、もうひとつの違うマグカップが砕け散っていた。その残骸がマグカップだと分かったのは、キリウがそれを見たことがあったからだ。先程の音はそれが落ちたからか、落とされたからかのどちらかだった。

 紹介が遅れたが、奴が噂のキリウの双子の弟、ジュン少年である。やや暗くてクールな男だ。双子ではあるが、兄とは違った彼の白髪は、この景色の中で太陽に照らされたがれきと同じくらいに眩しくキリウの目を突き刺していた。

 彼らは互いに互いを似てない双子と称していた。兄弟仲は良かったが、双子だからか二人とも悪魔だったので、彼らの両親は荒れに荒れた。大人にならない子供を好き好んで育てるのは、病気の人だけだったからだ。

「キリウは、そのことに気付かないで、いらないって答えた。それでぼくは」

 それはいいけど虚数空間にまだ引っぱられる感じがして、キリウは真っ暗い水の中を覗き込んでいるような幻覚を見た。奥の方で金色の小さな星がちらちらと瞬いていた。イメージだ、イメージが来るんだ……浅黒い肌をした少女が掘っ立て小屋から逃げる。墓石が伸びる。マグカップにビールが入ってる。ゴリラがイカゲソ揚げ食ってる。

「お茶が入ったカップをキリウの頭に乗せた……」

 再び陶器が割れる音が弾けて、はっと彼が気がつくと、世界からは色が失せていた。弟の赤い瞳もその頭上の青い空も、色を失くして煤けている。ただ、白の眩しさだけが尚更えげつなくなったようだった。

 がれきの光の隙間から溢れ出てきた粘度の高そうな黒い闇が、次々と歪な人の形を作ってゆくのをキリウは見ていた。グネグネと踊り狂うそいつらで周囲がいっぱいになっていったが、その中で彼の弟は空になった両手を下げて、ゴミを見るような目で何かを見ていた。ジュンはよくそんな顔をする奴だった。

「今考えてもなんでそんなことしたのかわからないし、キリウのカップだけ割れた。ごめん」

 その話はもう終わったことだからいいよ、とキリウは思ったが声が出なかった。いつの間にか弟の声には、ラジオの向こう側で発されているかのようにノイズが混ざっていた。それはキリウの頭の中で駆け巡るノイズと同調して、視覚を侵食し始めた。

 黒い人影の何体かがうずくまると、彼らの背中から滲み出すように、あの三角の白い虫が湧いてきた。同じことがそこらじゅうで起き、少しすると空も地平も白い虫で埋め尽くされた。やがてミサイルが飛んできてキリウも彼の弟も白い虫も全て吹っ飛んだ。燃え上がる炎がキリウの夢を焼き尽くした。

 

  エンディングテーマ『なつやすみ』
 
    雨が降る この非常階段の
    嫌なにおいは海に似てる
    なら今年はもう 今年はもう
    海に行かなくてよくなった
 
    ロケットランチャーを担いで
    代わりにぼくは町へ出た
    街頭募金の箱めがけて ぶちこめば愛が滅ぶ!?
 
    都市高温化現象が 街を飲み込むのだ
    君を殺しにくるよ ぼくも殺しに行くよ