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26.つんざけゴミ共

 悪魔というのは『大人にならない』子供たちのことだ。それは死んでしまわない限り、恐らく永遠に少年少女の姿で生き続けることができた。

 そんな異常な存在を昔の人間たちは悪魔と呼んだり呼ばなかったり、見ないふりをするかつつき回していじめるか、あるいは不幸なことに彼らを授かってしまったならば、地域ぐるみで殺したりした。

 もっとも、それが許されていた頃の話だ。今ではただ、おぞましい呼称だけが残っているのみにすぎない。悪魔は原因不明の体質であり、哀れむべき一種の病気なのだ。

 ということになっている。

 ますますもって社会の暗部扱いであった。たびたび人生に疲れた悪魔が凶悪犯罪を起こすし、悪魔は生きるために犯罪に関わることが多いし、統計的にもそれは単なるイメージとは言えなかった。人から奪わなければ生きられないだなんて言い訳だった。生きるためなら人から奪っていいわけでもなく、そもそもそこまでして生きている社会的意味もなかった。悪魔は子孫を作れないとされているのがそれに拍車をかけていた。

 悪魔に触れれば不幸になり、冷え性が悪化する。永遠の未成年なら結局税金はどうなるのかとかで、健全な社会制度は彼らを面倒臭がった。金にならないから、悪魔利権にしがみつく保護団体だのも出てこなかった。

 ただ、何をするでもなく半永久的な若さと命を手に入れた彼らを哀れむことで、嫉妬に近い心をごまかしてきた人々がわずかに存在することは確かな事実だった。

「――あの冗長なだけのクソつまらん漫画が本気で面白いと思ってるのか貴様は。本気で言ってるのかそれは。これだからできそこないは。悪魔というやつは。価値観まで腐ってやがる」

 それはいいけどこのルヅという男は、どう見てもその手の人間ではなかった。相変わらずタバコ吸いまくりだしタバコくせえなとキリウ少年は思っていた。

「ああいうのに感情移入できる感性は死んだ方がマシだと思うぞ。低学歴はこれだから」

 悪魔は永遠の低学歴である。永遠の低学歴と永遠の思春期が悪魔の精神を不安定にする。不安だろ!?

 キリウはキリウなりに無駄に生きることを覚えていたが、ルヅに付き合うには根っからの無責任さが必要だった。その先から振り返れば、ルヅには実に付き合いやすいところもあるかもしれないのだが、同時に友達の概念が揺らぐ。

「まあ貴様らは永遠に末代だし、遺伝子レベルで拡散することが万が一にもないので、見逃してやってるんだが。でも仮にA型だったらやっぱり死んだ方がいいんだが」

 どういう話の流れでこうなったのか、キリウもルヅも忘れてしまった。

 特に意味もなく分泌されたアドレナリンでキリウの目はギラギラしていた。ルヅは相変わらず、自分が何を言っているのかよく分かっていなかった。離れたところで、非正規雇用のお兄ちゃんがコップを落として粉々にする音が響いた。

「というか、ほんとにお前はずーっと感性もアタマも変わらずガキのままなんだな。やはり悪魔が社会に適応できねえわけだ。オレの見立てはまっこと正しいな」

「うるせえー。俺にはあんたが適応してるようにも見えん」

「オレなりの適応をしてるのが分からんのか。みんな一緒主義の田舎者め」

 生返事の少年が落ちそうな目玉を押さえている横で、ルヅはフンと鼻を鳴らした。そして顎に貼られた絆創膏を引っかいた。ルヅはほとんどヤクザまがいの男で、キリウとも互いが借金取りをしていた頃に仲良くなったのだ。元々はどこかでふつーに会社員をやっており、その頃に従順だった反動が今になって出ているようだが、本人は楽しそうだ。

 よく聞いて田舎ったキリウは、何を言っているんだこいつわとピヨった。田舎者だし。次に精神を↑の方にやります。隣の席から立ち昇るタバコの煙と、油分が混じった空気の中で天井が低く感じるのは、のたくったミミズのような模様の上で羽虫が這い回っているからだった。くすんだ天井よりずっと白い虫が。

 飲食店だしな、と納得しかけてキリウは箸を折った。この街の外に広がる白いがれきと、同じ色をした三角の虫が自分の目の中にいるようだったからだ。どうもここ最近、先日くらいからずっと付きまとわれているようだ。それが幻覚であることをキリウは無意識で知っていた。幻聴が治まっている時、取って代わるようにそいつらは視界の端で蠢いていた。

「おーおー本当にお前はモノをよう壊すよな。ほんと劣等種の自覚を持て」

 無表情で何やら言っているルヅをよそに、キリウは折れた箸を食べた。そして厨房から飛び出してきたヒヨコを抱えて一緒にピヨった。

 ところで彼らは、もうずっと飲食店のカウンター席の端の方で小声で会話をしていた。おかげで背後のテーブル席に座っている男女グループが修羅場に突入していることを知らない。互いが互いの愛人と隠し子を連れてはち合わせた状態であり、遠くから見てるだけでも面白い。そこの奥様いかがですか、S席のチケットをお譲りしますよ、もちろんSはSでもサド野郎のSです……。

  外野はともかく、こんなことなら愛なんて知りたくなかったとばかりに子供たちは、携帯ゲーム機をいじっていた。いつでも一番傷ついているのは当事者たちだった。そしてそれぞれ無差別通信対戦で繋がり合っている相手が、テーブルの向かい側に存在することにも気づいていない。子供だから顔に出ないが、ディスプレイの中の殺し合いは凄惨だった。

「この世のバグなんです、許してください……」

「デバッグされてしまえ不良品」

 大量の雑誌が放られている棚の上に置かれたラジオの向こうで、カルトな進行役がカルトなリスナーからのカルトなリクエスト楽曲をかけていた。決して大衆的ではないがカルト的な人気を誇るバンドが演奏する、カルトな音楽だ。ギターソロの後ろで謎の声が聴こえる、オカルト楽曲でもあった。

「俺が消されたら旅人の弟から送られてくるおみやげが腐る。人道的に許されんス、どうしてくれんのよ……」

「ほんとワケ分からんなお前は、お前と話すの、疲れるだろうが」

「ヒヨコがピヨいっ……」

 ものすごく血走った目でヒヨコをピヨるキリウを見て、ルヅは三回くらい不愉快になった。

 カウンター席のもう一方では、育ちの良さそうな女がすぐ横の壁にへばりついている害虫に話しかけている。ゴキブリ食べたことある、ゴキブリ食べたことある、問いかけと告白の中間くらいの文脈だ。黒光りする害虫は触角だけをひこひこと動かして、店の全体に漂う油っぽい空気と完全にシンクロしていた。

「それでな、この前お前が飼ってるクソ女に理不尽な暴力を受けましてね。この絆創膏とか、あとスネの方のひっどいアザとかそれなんですけどね」

「ハァー天下のルヅ様がそんなんでケガ? ヘェー」

「治療費と迷惑料でツケをチャラにしろ。この街でそんなもんが出るなんてカスより甘い考えは他人なら許さないが、オレは知り合いのよしみで絶対に逃がさん」

「なあ今日の話ってソレ!?」

 どうでもいいけど、この店は店員の大半が無機物製だ。当初は全員が無機物製だったが、関節にこびりつく油汚れに苦労したので、人間をアルバイトとして雇い始めたそうだ。こびりつかないように工夫すればとか、そもそも飲食店は向かないんじゃないかとか、そういうことを言うのは残酷なのに、やはり当初は外野が好き勝手ほざいた。どいつもこいつも有機物のくせに、冷たすぎやしないか。

 医療機関のぼったくり領収書をキリウに差し出しながら、ルヅはため息をついて言った。

「ほんとああいう類はいつか殺されるのがオチだ」

「美学があんのさ、ここで生きるならずっとそうだ、ユコは」

「他に遊びを知らないのか。あれだから田舎者は。暇を持て余したカスは」

 キリウは仕返しにカウンターにこれまでのタバコ・その他・雑費の領収書の束を叩きつけると、ルヅの口元のタバコもろとも彼の顔面にグラスの水をぶっかけた。こういうの平気で燃やすからなこいつは!!

  非正規雇用のお兄ちゃんが、先程のコップとは別件でクレーマーに怒鳴りつけられていた。キレやすくて不安定な彼が、身体の影でコップの破片を握りしめていることを、クレーマーばばあは知らない。有機物のはずれバイトを雇うと時に感情だけで大変な事件を起こすだなんて、無機物でできた店長は知らない。

 だから次に製造される時は、そういう情報もプリインストールされていて欲しい。人間は難しいし、無機物の体に飲食店は向かないし、あとゴキブリの駆除方法とか、必要以上の茶柱はキモいとか、客商売に必要な愛情の容量を削ってでも、そういう情報をプリインストールされていて欲しい。