レアな金属、マイナーな希ガス、無機質な有機物、有機的な無機物、半年に一回名前が変わる菌類、必須じゃないアミノ酸、カレイドスコープの液体、食紅、パチンコ玉、ネコのツメ、細切りショウガ、小さい大葉、裏セロリ、シーチキン、何もできなかった今日、貞操、鉄筋コンクリートの小指、トンボの背筋、しもつかれ、ルナ瀬、未亡人の肝臓、処女の腎臓、童貞の膵臓、かさぶた、ノミ取り粉、入れ歯洗浄剤、シーチキン。これらを絶妙な比率で混合して、超重力超高温超高圧条件下で二時間三十分叩きのめした結果、複雑怪奇でよくわからない物体ができた。それがこちらだ。
材料のわりには生臭くないのねえ、といった感想を抱かれますかねマダム。それは下品なくらいに入れた薬味のおかげである。それにしても莫大な資金と時間を費やして作られたこの物体だったが、完成と同時にスポンサーの熱が絶対零度に落ち込んだことで、産業廃棄物として手放されていた。
一種のナチュラルハイというやつだったのかもしれない。進学、就職、結婚、出産、人間は人生の大事なところでいつもそうだ。
しかし好奇心からそれをネコババして、ひとつの黒い箱を作った技師がいた。或田教授の腐れ縁の一人だ。彼は日曜大工的手法を用いてその物体を薄い板状に加工し、組み立てたのだ。案の定、完成するなり夢も情熱も衝動も失ったのは、やはり一種のナチュラルハイというやつだったのかもしれない。彼はその箱を、学会で再会した或田に挨拶がてら投げつけた。本当ならその時……いやなんでもない忘れてくれ。
或田がそれを自身の研究室に持ち帰ってしばらく経った頃、おかしなことが起こった。
四十センチメートル四方ほどの大きさをしたその立方体状の箱は、ものを入れられるように一面が開く作りになっていたのだが、彼はその中に小銭を貯めていた。いわゆる『つもり貯金』で作った小銭である。しかしある夜、彼が久しぶりに『生徒の臓器を売ったつもり貯金』をしようと箱を開くと、入れておいたはずの現金の姿はなく、消えたものと同程度の体積の水が入っていた。
あらゆる関係者にあらぬ疑いをかけた後、諦めきれない教授は言いがかりレベルの仮説を立てた。そして、箱の中に白ネズミ一頭と小銭一枚を入れた。
「先生、やっぱり盗まれたんですよ。ちゃんと犯人を捜して吊し上げましょうよ。それで臓器を売れば、貯金も増えますよ」
「なぜ私の『つもり貯金』の内訳を知ってるのだ、君は……」
その夜、生徒はむしょうにレバニラ炒めが食べたくなった。
かの液体に触れた時、或田の直感は囁いたのだ。これはこの世のものならぬ何かだということを。彼はそれを妙に真理じみたものだと感じていた。
恋にも似た気持ちを抱きながら、毎時きっかりに或田は箱の蓋を開けた。開け続けて、そして見た。箱の底の白ネズミと小銭がその形を失くしてゆく経過を、しっかりと観察することができたのだ。それらがどろどろの液体と化し、或田の仮説通り『水のように透明な何か』になって跡形もなくなるまで、丸三日間を費やして。
箱に入れられたそれら自身が、自らの形や性質を忘れていくかのように、ゆっくりと崩壊していったのだ。不安定に変化する色彩、設計図を無視したトランスフォーム、皮膚が破裂した白ネズミ、有刺鉄線の破片みたいな小銭。彼らは溶け崩れるまでに大幅な回り道を強いられているようだった。
歪んだり引きつったりしながら、モノがモノでなくなっていくのを目の当たりにして、或田はふと、見てはいけないものを見てしまったような気がした。そして見なかったことにした。黒い箱の中で白ネズミが上げ続けた虚ろな鳴き声を夢に見た朝、彼は経過記録を撮ったカメラのフィルムを焼き捨てた。
それから彼がその箱の現象を利用して――苗や花粉樹に異常な性質を与えることで――感情を持つ銀色のリンゴのプロトタイプを作り上げたのは、キリウ少年が彼の元を訪れる二年前のことだった。おかげで今、植物に対する虐待についての議論や、それにまつわるイザコザに巻き込まれている。だから最近ちょっとピリピリしてて怖い。ほこりを立てると怒る。お茶じゃなくてけんちん汁を淹れろと言ってくる。蛾を捕まえると必ず触角を食べる。