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23.不良(品)

「ハローワールド! マイリルガール!」

「あれ、おかえり。一週間もどこ行ってたの?」

「ハローワーク」

 夕方、ユコが知り合いと一緒になって自動販売機を蹴っていると、そこに帰ってきたキリウ少年がダッシュで突撃してきた。そして突撃しすぎた彼がミサイルみたいに自販機に突き刺さったので、ジャンク寸前だった自販機はジャンクになった。

 ジャンクを集めてはおかしなものを作っている、夢の量と相反して財布が薄い青年が空を飛んでいた。いい天気だと思えば槍が降ろうが辞書を食べようが快晴だ。重機にセクハラをしているおばさんにセクハラをしに、そいつはチャリに乗ってミサイルみたいに遠くへ飛んで行った。

「電車に乗ったら車内販売のおねーちゃんが行きも帰りも痴女でびっくり」

「ふーん」

「俺はただ普通に暮らしたいだけなのに……」

「うーん?」

 自販機の残骸から引き抜かなくても勝手に出てきながら、キリウがほざいているのを、ユコは生ぬるい生返事で突き放した。けれどすぐにそれを反省して、勝手に傷だらけになったキリウをもう一度残骸の中に蹴り倒した。ですがすぐに反省しますです、反省してす、慌てて彼を引き起こすと全力でいたいのいたいのとんでけを反省した。キリウは傷だらけになっていたものの悪い気はしなかったので、ユコの手を掴んでその指先に反省した。

 そんなものを見せつけられてどう反応すればいいのか分からなくて、ユコの隣に突っ立ったままの少女は黙っていた。彼女はユコの友達以下の何かだ。ゴミだ。人間関係はゴミだ。

「それで、ユコ、こんな夕方まで販売機からカツアゲ?」

「違うよ、この人のおつりが出てこないから」

 隣に立っているその人を、あごで指すか指で指すか迷った挙句、ユコは彼女を肘で指した。どれにせよ失礼な感じがするのは変わらないのだが、教育のせいか環境のせいか、ユコがそれを分かっていないことを知っているキリウは特に気にしない。

 しかし隣の少女は当然あまりいい気がしなかったようで、顔をしかめた。彼女はユコと目を合わせないで怒鳴った。

「ひじ? ひじなの?」

「え、なに?」

「肘でいいと思ってるの、肘なの? 肘に脳みそがあるの? 肘に神経の塊が入ってて、頭がふっ飛ばされても肘で動く肘人間なの?」

「え、そうなの……」

「ひじ……ひじ? ひ、ひ、ひじじじひ」

 ヒンジンブルク号事件。それは密室の狂気、人間の尊厳と理性の限界、その果てに死傷者は二百グラムにものぼった。

 それを見て、救いのない世界だなとキリウは思った。

  彼女らは学校帰りらしい雰囲気をしていたが、ここは日陰者ばかりの街なので、もちろん普通の学生であるわけがない。この街はお天道様に顔向けできないとか顔向けしたくないとかの理由を抱えた、清潔な社会で生きていけない人間たちが自発的に、もしくは蹴りこまれて入る、自然と生まれた隔離施設のような場所だ。

 つまりダメなのだ。時に彼らが子を生したとして、よくあることだが、そういう人間の子供たちもダメなことが多いので、環境も手伝ってジュニアたちの大半は自然と日陰者になる。この街の子供達のほとんどは、そのような日陰者キッズだ。

 おそらく同様であるユコの隣の少女もまた、どこかがダメなはずだ。彼女の肉親か親戚に。はたまた恋人か、歳の離れた義理の兄とか、ペットの犬とかタンスのネジとかどこかしら。仮に一見しても分からないほどの常識と礼節を持ち合わせていたとしても。

「肘で悪いかっての」

「肘人間! 肘フェチ肘バカ肘キチガイ!」

 かような流れで、彼女らはみるみる険悪な関係になった。そしてキリウはそういうのをフォローするのが苦手なので、二人がヒステリックに罵り合ったり殴り合ったりを始めても止めようとはしなかった。ユコに殴られまくって顔が真っ赤になった少女が、声を上げて泣きながら走り去っていくのも、一切触れずに見送った。

 見送ってからユコを見て言った。

「ユコ、なんで学ラン着てるの」

 その日ユコは、制服のスカートと私服のシャツの上に男子制服のジャケットを着ていた。他の奴からかっぱらってきたものだろう。前を留めずに両手をスカートのポケットに入れている彼女のその格好が、キリウにはよく似合って見えた。そんなユコが今泣きそうな顔をしていたので、彼はとても優しい気持ちになれた。

 ユコはこの街で生まれた子供ではない。

 その後彼らは二人でご飯を食べに行ったようだ。銀色のリンゴのことは忘れた。