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21.ヤモリは爬虫類

 おふくろの味なんて、どこの馬の骨ともわかんない女の味みたいな、そんな風に感じることすらある。おふくろの味だろうと、まずいもんはまずいことを、分からせてやる。神経が三倍の面積になるまで。

 そんなことをアレが言っていたような……。ルヅがベランダに置かれていたその荷物に気づいたのは、翌朝のことだった。昨日は真昼間の仕事帰りにユコに喧嘩売って、鎖骨を折られかけて、その足で帰宅する羽目になった。それとは関係なく、あれから酒飲んでネット掲示板をずっと荒らしていたから、ベランダは見なかった。

 彼には洗濯物を取り込む習慣などない。洗濯自体、さんざまとめてするし、干したものは雨が降ろうと着るまでは取り込まないし、タバコも部屋の中で吸うし、気付くわけがないのだ。こうやってタバコの吸い殻の山を、現世への嫌がらせにベランダからぶちまけようとでもしない限り。

 灰皿ごと下界へポイッしたついでに、めんどくさそうにルヅは、使い回しの紙袋に入った荷物を拾い上げた。中身を見るとそいつは、銀色のリンゴと大量のニコチンだった。

 そんなものをここに置いていくような、置いていけるような、置こうとするようなキリウ少年をルヅは一人しか知らなかった。

 何階だと思ってやがるクズが、常識を考えろカマドウマが、とは今更言わない。こういうことは何回目だかも分からないからだ。それにルヅも当初のことはよく覚えていなかった。翅も無いのによく飛びおるわ、と腹立ち紛れに感心したこと以外は。いっそバッタのように脚がもげやがれ、と呪ったこと以外は。落っこちて死ね、というのは顔を合わせるたびに思ってるからノーカンだ。

 後日判明したが、奴ときたら本当に脚はもげたしバッタと違って新しいのが生えてきた。虫みたいで気持ち悪いし、だいたいあれは虫みたいな目をしていたから、普通に気持ち悪いと思ったし、なんというか気持ち悪かった。もともと虫みたいなところがあるし、壁とか天井にへばりついてジッとしててもおかしくないし、ヤモリみたいな、そういうところも気持ち悪いと常々思っていた。そもそも子供が嫌いなので、気持ち悪いから死ねばいいと思っていた。

 ヤモリは虫ではなかった。永遠の少年というのは、永遠の低学歴であるとルヅは認識していた。

 紙袋から取り出した銀色のリンゴは、金属みたいな見た目をしているくせに生ものの手触りがして、彼は変な気分になった。そしてくわえていたタバコをシャチハタのよーにして、そいつのつるピカの皮のそこらじゅうに押し付けまくったら、一応有機物らしく焦げ跡まみれになった。

 なんとなく納得がいかなくて、さらに彼は、昔カッコつけで買ったバタフライナイフを部屋の中から持ってきた。そしてリンゴめがけてブッ刺した。

 その途端、傷口から、ホースに穴を空けたみたいに大量の果汁が噴き出してきた。ルヅにはそれが墨汁のように見えた。

 ベランダが真っ黒けのベトベトまみれの激甘リンゴ臭でいっぱいになったので、彼はしばらく呆然としたのち、ひはははははははははははははははははははははははははははははははと低く笑っていた。

 強い風が吹いて、その部屋のベランダに面した通りで、誰かが勢いよく咳き込んでいた。肺ガンになればいい。