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18.踊り子の夢

 窓の向こうを過ぎてゆく電波塔の本数を数えながら、キリウ少年は乗客の少ない列車にゆられていた。その足元には、当初より中身が少し減ったリンゴの段ボール箱と、それとは別に、未開封の菓子の箱が紙袋に入れて置かれていた。後者はいかにも贈答品ですという風な装いで鎮座ましましていた。

 暇にあかせて、彼はここ数日、なんとなくとてもじゃっかん血眼になって噂の或田教授とやらを探した。キリウが居着いているあの街は、社会不適合者や犯罪者みたいな日陰者が多く集まる場所なので、高等教育とまともに関わりのある施設が無い。なので、彼は他の街で情報収集をした。そして先日、賄賂・脅迫・パイ投げといった手段をフルに用いて、ついに教授にアポをとることに成功したのだ。

「車内販売です。いかがですか」

 マイクロ波に想いを馳せることをやめて、キリウが振り向くと、そこには尻で台車を押している女の姿があった。露出過多な服装をしていたので、彼は一瞬、その人が車内販売員であるという事実に気がつかなかった。

「おすすめは、話にオチをつけられるようになるノド飴ですよ。お金でオチを買いませんか?」

 販売員はひどい笑みを浮かべて、ギリギリのポーズで袋入りの飴をつまみ上げていた。非常口のマークが描かれた四角く長い爪がきらめいた。キリウは、彼女の左脇腹に掘られたカブトムシの刺青に脚が十本生えていることが気になって、飴どころではなかった。

 日焼け気味の青い髪に手を突っ込んで、頭を引っかきながら、彼はなんとか聞き返した。

「オチがあった方がいいですか……?」

 質問に質問で返すなバカって顔をして、販売員は親指を噛んだ。

「話にオチが無い男は劣等種ですよ? モテませんよ?」

「モテようがモテまいが、みんな俺より先に死ぬんだ……」

「あ、逃げましたね? 女々しい根性ですね!? それではこちらを」

 そう吐き捨てながら、彼女は台車の下の段から光学顕微鏡を持ち出してきて、キリウの膝の上へ勢いよく置いた。顕微鏡は重いのにひどい女だとキリウは思ったが、彼女が瞳を輝かせながら仕草だけで「見ろやクズ」と五百回くらい言うので、根負けしてその円筒形のレンズを覗き込んだ。

 光の中では怪獣が暴れ回っていた。焼けた空の下で列車を粉砕する黒い影を、光の屈折だかなんだかでレンズの底から見上げて、キリウは泣きそうな顔をして笑った。そしてそれを見なかったことにした。

 呆けてる少年の頬に名前の入っていないシャチハタを捺しつけると、露出過多の販売員は舌を出して去って行った。その意味がキリウにはわからなかった。

 しかし誰にも理解されなくたって、彼女が気に病む必要はないのだった。