作成日:

176.レコード #1E487あ3…

 ―― ―― ― ――― ――

 ――― ―― ―――

 ― ― ――

 

 キリウ少年には色んな友達がいた。例えばこの、のこぎり台に仰向けに縛り付けられたピノキヲを、クリケットのバットでしばきながら喚いているジニニーがそうだった。

「このブス専がッ!! どうせあたしのことも、フェアリーのこともブスだと思ってたんだろお!?」

「そ……そうだよ!! ブスだと思ってたよ!! 君と同じくらいフェアリーがブスだったから、フェアリーも好きになったんだよっ!!」

「ばかああああ!!!」

 ジニニーが足元に叩きつけたバットは真っ二つに折れて、二度と使い物にならなくなってしまった。スポーツマン失格だ。

 甲斐性無しのピノキヲに尽くした挙句、二股をかけられて負けた哀れなジニニー。彼女をもてあそんだピノキヲを「芸能界向いてるよ」「脚長いね。棒みたいだけど」「世界獲れるよ」などといった甘言で騙して、ここに誘い出したのはキリウだった。

 ピノキヲは、都会で成功したいと言いながら実際は女に甘えてばかりのヒモだった。また、嘘をつくと鼻が伸びる特異体質でもあった。ジニニーはかれこれ二時間以上、ピノキヲの鼻が伸びるところを見たいがために彼を拷問し続けていた。けれどキリウは、それが彼女のある種の言い訳に過ぎないことを知っていた。

 肩で息をするのに飽きたのか、ジニニーがまたひどい形相で叫びだした。

「あああああんたはっ、そうやって最初から自分勝手だった! 調子の良いこと言って、あたしに近づいてきやがって! あたし、嬉しかったのに……!!」

「まだあのことを根に持ってるのか!? 誰でもやってることじゃないか、ジニニーだってそうだろ! 僕の写真を褒めてほしかったから君のファッションを褒めたことが、そんなに悪いことだって言うのか? たとえまったく心に無いことでも付き合いは大事だ!」

「そこは嘘でもいいから嘘をついてよおおお!!」

 ジニニーはひっくり返りそうなくらいに目をひん剥いていた。そして作業台に並んだ道具の中からバカでかいコオロギの標本を引っ掴むと、ピノキヲの眼前に突き付けた。この拷問は効果的で、おののいたピノキヲの身体は限界までのけ反っていた。もっとも、ジニニーの顔も似たようなもんではないかとキリウは思っていた。

 廃ビルを勝手に使って、この場所をセッティングしたのもまたキリウだった。特にジニニーから頼まれたわけではなく、キリウが二人の関係を憂慮して自主的に行ったことだった。その真意としては、単にコオロギの標本を作ったから見て欲しかっただけだった。

「てかてかさあ、あたし知ってんだよ! ピノキヲ、あんたロバのしっぽの先物取引で70もスったんでしょ!? それぜったい、あたしから慰謝料っつってふんだくった生活費と就職活動費じゃん!! あんたにまとまった金を渡したあたしがアホだった――」

「違うよ、100だ! 君はいつも自分だけが身を切ってるみたいに言うけどさ、何も君だけじゃないんだぞ。じいさんから貰った30もだ」

「この恥知らずぅぅ!!!!」

 泣きだしたジニニーにコオロギの標本を押し付けられるも、ピノキヲの鼻はいっこうに伸びる気配を見せず、興奮から鼻血を垂らすばかりだった。幼少のころから鼻が伸びることをコンプレックスとしていたピノキヲは、かように呆れるほど正直な青年に育ったが、それ以外はまるっきりカスだった。

 ついに作業台から金棒を取って振り上げたジニニーの腕を、しかしキリウが掴んで止めた。鬼になりたい気分だったジニニーは憤慨した。

「なんで止めんの!? なんでかわいいあたしを放っておいてくれないの!?」

「黙りな電柱。らちが明かないよ。こいつにはそもそも、プライドを前提とした煽りは通用しないんじゃないの」

「でもでもそれじゃあ! いったいあたしはどうすれば」

 コオロギみたいなつらをしているジニニーをよそに、キリウはのこぎり台の方へと歩いて行った。そして、恍惚としているピノキヲの顔を見下ろして言った。

「あんたって想像以上だな。金魚とか、生きたまま食べてそう」

「ペッ、なんとでも言えよ! どうせ僕は甲斐性も無いし悪い子だよ!」

 ピノキヲが斜め上に向かって吐いた唾は、彼自身の胸元に落ちた。その瞬間の彼のしょぼくれた表情を見て、キリウは、こんな時じゃなけりゃ一生かけて人間不信にしてやりたい気持ちに駆られていた。駆られただけだ。駆られながら続けた。

「でも、彼女も大概じゃん。まだコオロギを妹だと思い込んで暮らした方がマシだ。だから、俺がジニニーを金貨五枚で買い取ってやろうか? その金で、あんたは好きなようにフェアリーを整形すればいい……どっちにでも」

「え!? い、いや、それは受け入れられないっていうか、聞き捨てならないぞ! ただの暴言だろうが! ジニニーは、ジニニーは――」

 ピノキヲが反論する前に、ジニニーが爆発した。

「はあ~~~~何を勝手なこと言ってんだァァァ!??!? クジラに呑ませて燻し殺すぞこのクソがき――」

「見なよ。鼻が伸びてない。ピノキヲはまだあんたに情があるんだ」

 ――それを指摘した後で、キリウは少し後悔した。本物のクジラが見れるなら、そっちはそっちでアリかもしれないと思ったからだ。けれど、もう遅い。

「ピ、ピノキヲ?」

 途端に困惑したジニニーの声を聴いて、ピノキヲもまたさめざめと泣き出した。

「うぅ……情けなくって涙が出てくる。ばれてしまったら仕方がない。ジニニー……、もう一度だけ僕にチャンスをくれないか? フェアリーのわがままに付き合わされて、僕はやっと気づいたんだ。君がどんなに素晴らしい人だったのか……僕のことを想って厳しく接してくれていたのか」

「ピノキヲ……」

 涙でアイメイクを滲ませたジニニーがキリウを押しのけ、金棒を捨てて、のこぎり台の上のピノキヲを覗き込む。拘束されたままのピノキヲが、真っ赤な顔をぐちゃぐちゃにして叫んだ。

「君こそが僕の良心だったんだ! だから、今度こそ僕は頑張って良い子になりたい……信じてくれなくても構わない。でも良い男になったその時は、今度こそ君だけを! 君だけを愛する――」

 その瞬間、勢いよく伸びたピノキヲの鼻が、目の前にあったジニニーの顔を引っぱたいた。

 締め切った部屋の中をジニニーの咆哮がこだました。

「ち…………ちくしょおおおおぉぉぉ!!!!」

 彼女はキリウが差し出した包丁を引ったくるなり、ピノキヲの伸びきった鼻を一振りで刈り取ってしまった。死神が魂を刈り取るかのように。

 のこぎり台ごと倒れて白目を剥いたピノキヲが、ショックで嘔吐していた。ジニニーはそれには一切構わず、カッティングボードの上でピノキヲの鼻を薄く切って刺身にした。彼女は出来上がったものをキリウに差し出して、涙混じりに笑って言った。

「ありがとう。今日のお礼だよ」

「つつんどいて」

 そう答えたキリウも一応笑っていた。