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167.レコード #6FCろE51…

 先日かえってきたXD123が、モノグロのことばをじしょ化していたことがわかった。この学習データをほかの人形に入れて、次に飛んできたモノグロをつかまえてもらって、話をきいてみる価値は大いにある。

 XD123をつれてきたゆーざーから、へんなじょうほうを入手。人語をしゃべって、ラジオ放送をしていたモノグロがいたらしい。しかもその番組は、この世界のどこにいても聴こえたらしい。さすがにそれは? ラジオの仕組みをわかってない? しかもその番組は、ずっと放送されたのに、ここ最近は放送されてないから、私には聴かせられないらしい。おかしい子かもしれない。しかもそのばんぐみは、しかもそのばん

 ――D867年 某月 某日‬

 

 

 ―― ――。―、―― ― ――。

 ――――キリ― ―は。

 ――いる。まだ存在している。

 ……どこかに。

 いまは……廊下にいる。窓の無い……煤けた建物の、薄暗い廊下。

『あぁ、ほんと、いつ見ても蕁麻疹出そうなくらい可愛いや、みっちゃんのとこの人形。はやく、オレのお嫁さんも作ってよ』

『オーダーメイドは、やってないんだけどねぇ』

 廊下。訝し気なミシマリの声。スライムまみれの彼女が、扉の脇の壁に背中を預けて立ったまま、糸電話で誰かと話している。その傍らに佇む少女の人形は、完璧なバランスの顔に無表情を張り付けて、主人の空いた片手をずっと掴んでいる。

 扉。ミシマリの立ち位置から見えない格子扉の向こうは、座敷牢と病室と子供部屋を足して四で割った余りのような部屋。ベッドの上で膝を抱えている男はユーヂラ。ミシマリの糸電話は、巧妙に格子の隙間で糸を曲げられて、彼が持ったもう一方に繋がっている。

 キリウは……どこかにいる。黒ずんだ壁の中? ネズミも済まない天井裏? どこまでも続く闇の底?

 どうでもいいことだ。何もかも、いつか消えてしまうんだから。

『人形を褒めてくれたのは嬉しいけどさぁ。ていうか、お嫁さんて。人間のガールフレンドはどうしたのさ』

『あいつは趣味に理解が無い。しかも、無自覚にオレの本を逆さまに置くんだ』

 ユーヂラ。人間よりモノグロが好き。モノグロの研究ができると勘違いして、当時の生活をいとも簡単に捨てて、勝手にこの街に来た。

 ミシマリ。まだ壊れてない悪魔。堅物だったくせに、ひとり研究を続けているうち、狂った少女趣味に目覚め、勝手にヒトガタを作り始めた。

 この哀れな共同体には、こんな奴らが何人も居る。皆、自分たちが神に選ばれたものだと思って、いつしか世界の役に立つだとか、世界の謎を解明するだとか、勝手な使命に目覚めて勝手に働いていた。

 でも、それもようやく終わり。

 ずっと待ってた。一万年くらい待ってた。そうして俺がここにいる今、ぜんぶ用済みなんだ。

『で? なんであたし、呼ばれたの?』

『少女趣味の経過を観察したかったからね。それと……ちょっと、話を聞いてほしくて』

 首を傾げたミシマリの頭からスライムが零れ落ち、つややかな髪が、機械油が染みついた服が、どろりと汚れる。……ノイズが多すぎる。こんな、ひどい絵面ではなかったはずなのに。

『オレがアリスの腕を、ここんとこに移植したのは知ってる?』

 胸に手を当てて神妙に続けたユーヂラの声は、ざらついて金属音みたいになってしまっていた。アリス。人形のような名前だが、ユーヂラがここに越してくる前から飼っていたモノグロだ。いま言ってた移植実験の、一か月前に衰弱死してる。

 移植実験。それ自体は、ユーヂラがモノグロ好きをこじらせて行った、ただの身体改造。

 モノグロ。マイナス領域で発生し、電波で管理されず、不気味な一つ目をぎょろぎょろさせ、我が物顔で世界に負荷をかける異形のゴミ。

『知ってる、肋骨でしょ。神話っぽいよね。でも、それで拒否反応が出て、二週間も昏睡してたんでしょう。起き抜けに壁がベッコベコになるほど暴れてたってのも、報告貰った。それからずっとおかしくて、ここに閉じ込められたって、あたしは聞いてるけど』

『半分正しい。暴れたのは本当。でも、閉じ込められてるわけじゃない。オレは自分でここに入ってるんだ』

 なんでか、笑ったミシマリ。まだ壊れてない悪魔。

 悪魔。きっと俺もそう呼んだ。電波でうまく管理されることもできない、永遠のキッズ、世界に負荷をかけるゴミ。

『いや、なんかオレ、やっぱりおかしいんだよ。目が覚めてから、色が見えないし。空気の味がすごいし、無性に身体を捩ったり、ネズミが食いたくなったりしてしょうがないんだ。全身が、特に肩甲骨が、電波のせいで痛い。あと、みんなが怖い。ゲロ吐きそうなくらい怖い』

『どうしたの?』

『おいおい来るな寄るな見るな。みっちゃん、勘弁してよ。ああやっぱりオレ、人形は平気なんだな。旦那ちゃんは、糸電話通してもらったけど、平気だった。先生とか、駅長さんとか弁当屋さんも平気だった』

『平気って』

『やっぱりみんな、オレ、所員のみんながダメなんだ。みんなの顔見ると、蛇に睨まれたみたいなって、高いところ立ってるみたいなって』

 気づいてるか? 俺はここで色んな話を聞いたけど、ひとつも意味なんて無い。まったく関係無い。脳みそが余ってるなら入れておけばいいし、邪魔になったら忘れればいい。忘れたら引っ張ってくればいい。アカシックレコードから。

『オレの中のアリスが怖がってるんだよ。今もベッドの上で、ありえないほどぐねぐねしてるし。骨だけ歩いてって、身体の外に出て行っちゃいそうだし。なんかこう、すっごくひどい気分で』

 何か、意味があると思ってたのか。誰のために。何のために? 毎日夜が来るのと、何も変わらない。風が吹いたら影が揺れるのと同じだ。あの、壊れかけの悪魔が喋り倒した勝手な戯言だけじゃない。ここまで、ぜんぶぜんぶそうなんだ。

 意味なんて無い。そもそもこの世界に意味が無いのに、俺らに意味があるわけない。

 愛以外の全て以外、それが無い、この世界に意味など無い。

『ずっと気になってたんだよなああ。ここに来て、所員になった頃から急に、アリスがオレにハグしてくれなくなったの。今まで普通に捕ってた野生の個体も、ぜんぜん捕まらなくなったことも。オレ、モノグロを捕まえるのが――』

 ほら、意味があるように聞こえるかもしれないな? 誤解させて、ごめん。意味があって、生きていく価値が少しでもある世界かもしれないと勘違いさせて、ほんとうにごめん。きっと何の意味も無かった。ただ、ここまで来てくれたことにだけ、きっと意味があった。

 おまえの中の、不完全なゼロとイチが、俺を連れ出してくれた。あの子のかけらを連れてきてくれて、ほんとうにうれしかった。いつか誰かが、俺を降ろしてくれると信じて、権限をバラまき続けて、やっと報われた。

 ずっとずっと忘れたことなんてなかった。あんな姿に変えられて、世界の果てに棄てられても、あの子のことを思い出さない日は無かった。だから今度は――。

『なんか、解った気がするよお。アリスに悪いことした。こんなに怖いのに、無理やり、傍に置いたりして――』

『ユーヂラ。解んないよ。ちょっと。あたし、書くもの持ってくるからさ。いったん、文字にしてみてく――』

『みっちゃん、オレら、御神体から権限を貰った時に――』

 聞いてるのか? おまえ、何を――

『おまえら、みんなみんな、御神体のニオイがして―― ― ――――』

 キリウの手の中で、みしゃりと音を立てて、白い虫が潰れた。俺の手の中で、みしゃりと音を立てて、白い虫が潰れた。灰白色の体液が煤けた壁に飛び散る。廊下が、声が、映像が融けていく。

 俺じゃない。おまえじゃない。俺じゃな――。

 

 だまれ!! 黙れよ!!!! 勝手なことばっかり!!!!

 俺は、まだ少しここで、だから、あと一日だけ――

 

 ――

 

 ――ぱち ぱち

 ぱちぱちぱち ぱちぱち ぱち ぱち ぱちぱち ぱち

 ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱちぱちぱち ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち ぱちぱちぱちぱちぱちぱち ぱちぱちぱちぱち ばちばちばちばちばちばち ばちばちばちばちばいばちばちばちばちばち ざらざらざらざらざらざざざざざざざざ ざざざ ざざががががが ががががががががががが ガガガガガガガガガガガガガ がらがらがらがら がらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがら がらがらがらがらがらがら ガらがらがらがらがらがらがらがらガらがらがらがらガらがらがらがら がらがらがらが5がら がらが5がらがらがらがらガ5がらがらがら がらガらがらがらがらがら がら がら