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154.まぶしい井戸の底の底

 まぶしい井戸の底の底へようこそ。

 ついにワタシの手が届くところに来たようね、このろくでなし!!!! 電波少年とか言ってカマトトぶってんじゃないわよ。そりゃコランダミーにもデンデンムシみたいなところはあるけどね、アンタほどの便所虫じゃないわ。そこに座んなさい、ド頭を永遠に無回転にしてやる。

 なんてね、ジョークよ。そうだとしても、ワタシの黄金の右足を食らって無事でいられるとは思わないことね。

 何よ、その魔改造フィギュアを見るような目は? ワタシは瓦割り人形のアルメロニカ。訳あってみんなからはゴラッソと呼ばれてるわ。でも、特技は名前の通り瓦を割ること。よろしくね。

 散らかってたり薄暗かったりで悪いわね。あんまり人が来ないところなのよ。だけど、上から差し込む光がぼんやりしてて良い雰囲気でしょ。ここは、実在するようで実在しない彼女の思い出の墓場であり、ゆりかごでもある。明るい墓場なんてダメよ、眠りが浅いと悪い夢を見るわ。

 コランダミーを探してるのね。彼女ならそこにいるわよ。ほら。

 ちょっと! 近づくのはいいけど、くれぐれもガラスを叩かないでちょうだい。フラッシュを焚いての撮影も禁止よ。水族館に行ったこと無いの? ああ、無いのね。やめてね。

 彼女が大きな水槽の中で瞑想してるのが、そんなにおかしいかしら。

 御覧なさいよ、髪や服がベタのヒレのように揺れて美しいこと。ラムネの中のビー玉よりも愛おしいじゃないの。それに、なんて安らかでゆっくりとした空っぽの表情をしているんでしょう。まるで出荷される前の工業製品ね。

 キリウ君はあんまり興味が無いかもしれないけれど、コランダミーも色々と秘密の多い女の子なのよ。彼女にも、生まれてきた意味とか使命とかがきちんとあるの。せっかくここに来たんだから、彼女のことをもう少しだけ知って帰ってもらえると嬉しいわ。

 あ~~、いかにも関係無いって顔してんじゃないわよ。アナタたちって、兄弟そろってそういう話題が本当に嫌いなのね。すごく面倒くさいわ。大丈夫よ、そんなもん無くても死なないから。

 とはいえ、どこから話したものかしら。今のコランダミーのバックグラウンドを説明するなら、そうね。ガラスの差し歯の話をしようかしら。

 彼女がたくさんの人の元を転々としてきたことは、アナタも知ってるわよね。知ってるわよね!? 頼むわよ。それで、コランダミーは本当に色んな人の心を見てきた。歪な奴も多かったけれど、そこは割り切るところだったわ。コランダミーにガラスの差し歯をくれたのも、そんな中の一人だったの。

 コランダミーにとって『ひとり前の人』にあたる女の子……ここでは仮にサニーサイドダウン、略してサニーと呼ぶわね。

 サニーはマジで病んでたわ。若い女の子らしい変な病み方だったけど、本人は切実だった。その病根は、幼い頃に母親が断捨離でへその緒を捨てたところにまで遡るのだけど、そんなことはどうでもいい。ワタシって自己責任論が好きだから。

 とにかく、サニーの二番目の恋人が骨董品店にいたコランダミーを見つけて、彼女に贈ったのが始まりだったのよ。とても面白い骨格をした男だったわ。ただしそいつはサニーの重い愛情に耐えられなくなってか、それとも生来のものか、やがて革命思想に目覚めて彼女の元を去ってしまったの。

 サニーはそいつとの思い出を全て灰にしたけど、他の全てのプレゼントを燃やしても、コランダミーだけは捨てることができなかった。コランダミーは他のどのぬいぐるみよりも雄弁だったし、時に意味不明だったけど、何よりサニーのことを慕っていたからね。そうよ、キリウ君、アナタがコランダミーを憎からず想っているのと同じよ。アナタとサニーでは、肝心の立場がぜんぜん違うけれど。

 分からないの? 分からないならいいのよ、この話とは関係無いもの。

 それからサニーは、辛いことがあるとコランダミーと一緒に餅を焼いたり、泣きながらそれを食ったり吐いたりしていたわ。雨の日も晴れの日も彼女はコランダミーを抱いて、現し世を呪いながら眠った。コランダミーは、たまに八つ当たりもされたけど、空っぽの頭で真摯に彼女に付き合っていたわ。懐かしいわね。

 そんなサニーも七人目の恋人に捨てられた時、ついにぶっ壊れたの。凄惨な殴り合いの後、彼女はそいつが落としていったガラスの差し歯を使って、呪いをかけ始めた。カッターで切り裂いたコランダミーの胸にそれを埋め込んで、風呂水に沈め、千枚通しで滅多刺しにすることでね。

 呪いの甲斐あってか、サニーの元カレはクジの引きすぎで死んだわ。貧乏だったからね。でも、人を呪うと自分に跳ね返ってくるものよ。その後間もなくして、サニーも戦地に送り込まれて死んだわ。そういう時代だったからね。そして誰のものでもなくなったコランダミーは、胸の中にガラスの差し歯を抱えたまま、また中古屋を巡る日々に戻ったわ。ときどき、廃棄とか人形供養から逃げながらね。

 あんまり救いが無い話だと思ったかしら。誰も幸せになってない、そう思ったかしら。けれどそれは結末を知っている者の感想よ。この広い世界でたった一人の人間が闇の中から救い出される喜びは、いま光の中にいる九十九人が健やかであることにも劣らない。コランダミーにはそんな気持ちが込められているの。サニーはコランダミーと過ごした夜、確かに救いを感じていたわ。アナタの弟も、初めて自分と同じ花を見たコランダミーのことを、天使だと思ったでしょうね。

 ああ、嫌ね。アナタって分かりやすくて。

 いいのよ。関係無いから。

 で、どう? 少しはコランダミーという女の子に興味を持ってもらえたかしら。まぁ、どこまでが真実かなんてワタシにも判らないんだけど。

 何よ? 怖い顔して。本当の話だなんてワタシは一言も言ってないわよ~。ここは思い出の墓場であり、ゆりかごでもある。コランダミーはそういう存在なの。そんな彼女を確実たらしめる唯一のものが、思い出のオカルトグッズたちなのよ。モノはいいわよ、形があるから。ワタシは自分がその一つであることを誇りに思ってる。

 外が騒がしいわ。そろそろ……出た方が良い頃でしょうね。

 最後にひとつだけ。コランダミーと一緒にいるアナタを見てきたモノとして、言わせてもらいたいの。アナタはコランダミーのことを嘘つきだと思ってるみたいだけど、それじゃキリウ君は、本当のことしか言わない人形を愛せるかしら。愛せるなら、ワタシが思ってるよりアナタはちょっとだけ強いわね。でも、アナタが他人に求めてる誠実さって、結局はアナタ自身と、そんなものを求められた周りの人を傷つけてしまうものなんじゃないかってワタシは思うの。

 これは夢じゃないわよ。夢見てフラフラしてるばっかりじゃ、アナタきっと世界が終わるまでフラフラしてるわ。アナタはひとりなのよ。

 いいのよ。分かってるんでしょ。

 じゃあ、あと少し、コランダミーをよろしくね。