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144.ストリーミング・スクリーミング

『証拠を見せない借金取りにプライバシーを侵害され、借金を被せられた。返済能力の無い母にです』

 ポッケに入れてたはずの粉ゼラチンが無い。

 そのことに気づいたキリウ少年は、作りかけのケミカルプリンをほっぽらかして街に飛び出した。いったいどこで失くしたんだろう? コランダミーが楽しみにしてるのに!

『はい、全植物シンセサイザー化計画、不定期ながら第十七回目になります。このコーナーでは、そこいらに生えてるあらゆるをシンセサイザーにしていくぜ。さて、本日の植物はこちらっ』

『オジギソウちゃんだぜ』

『ツギモリ議員は人殺しー!』

 ゼラチン屋への道すがら走るキリウの耳元で、携帯ラジオに繋がれた出力装置がノイズ混じりに歌っていた。首から下げたままの携帯ラジオは、買い替えたばかりの新品だ。この路線の近辺に来た頃、混信のようなものが多発したせいで、壊れたと思って買い替えてしまったのだ。

 もっとも、実際のところはラジオが壊れていたのではなく、ここいら一帯が電波の無法地帯と化していただけだったのだが。

『路線議会の人殺しどもを赦すなー!』

 元気な声だな、とキリウは上を見た。耳が塞がれているので分からないが、ラジオにとどまらず、街中のスピーカーからもひっきりなしに怪放送が流れているに違いない。昨日もそうだった。

 それを聴きたくないのか、この街の住人たちには耳を塞ぐファッションをしている者が多かった。一見すると非常にオシャレだったが、親たちさえ、小さな子供の耳にキャラクターもののイヤーマフをさせていた。

 そこまでして住まなくてもと思ってしまうのは根無し草の発想なのかな、とキリウはひとりで笑う。キリウは決して旅が好きなわけではないのに、定住者のメンタリティを持っているわけでもないのだろう。

『おいメカニック、オジギソウの音声出てないぞ! ……よし、OK』

『うーん。でも、Eちゃん以外に植物の声が聴こえてる人っているのかな? オレも』

『瀬々木って変態がパープルレイのCMで、未成年者を大写しにしてた、変態野郎が、スケベ野郎が』

 また別の放送局が出てきた。無数のゲリラ放送局が入り乱れて、法外な出力の電波を放ちながら移動しているために、場所や時間帯によって聴こえるものが異なるらしい。まるで星空のようだ。

 さっき人殺しがどうこう言ってた放送局は、実はおとといにキリウが墓石の訪問販売を装って接触した局で、会ってみると案外話が分かる奴らだった。聞けば、この路線の沿線では強度の情報統制がなされているために、電波ジャックがポピュラーな発信手段として楽しまれているのだとか。

 そこまでして住まなくても……いや、もう言うまい。

『ははははは、笑っちゃうよ。はははは』

『どうりでこのコーナー、いつもと同じくらい非道なことをしてるのに、苦情があんまり来ねーんだな。まあいっか。お前らって』

『たとえ住所が変わっても僕は君を愛し続ける♪』

『残酷だな』

 とにかく、まともなラジオ放送を聴くために、一刻も早くこの路線を離れなければとキリウは思った。キリウは資金繰りのためにこの街に滞在していたが、『日刊虚言プランター』がろくに聴こえないのがここまでストレスになるとは想定していなかったのだ。

 同時に、キリウが好きなその番組もまた電波ジャックをしており、常に他の番組を潰して成立しているという事実を突き付けられる側面もあったのだが。

『君は僕の婚姻人(こいびと)♪』

『葉っぱの一枚一枚をアルペジエーターに見立てて』

『ヨウヘイの死体が一匹、ヨウヘイの死体が二匹、ヨウヘイの死体が三匹』

『茎の傾きをモジュレーションレバーに』

『トリシマ線から実存主義者を追放しろー!』

『入出力は根っこから』

『給食センターで喉笛を切り裂いて汚れた血をぶちまけてやる。学区中のアホガキどもに私の血を飲ませてや――』

 ゼラチン屋の棚から手に取った赤ゼラチン・黄ゼラチン・青ゼラチンを見比べながら、キリウはふと、鰹節の大袋も紛失してしまっていたことを思い出した。いったいどこで失くしたんだろう?