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135.ディス☆オーダー

 今度生まれてくるときは愛するより愛される側になりたい。

 そう言い残して、彼は行ってしまった。急行列車の鼻先に飛び込んで……。

 クレーム代行のアルバイトをしていたキリウが、クレーム対応代行のアルバイトをしていた彼と意気投合して、プラットホームですっかり話し込んでいたのがつい数分前。彼が最初からこうなるつもりでキリウに元カノへの執着を語っていたのなら、きっと彼は呪いとかそういうのの存在を確信してたに違いない。

 というのは持ち帰って検討するとして、そのせいで列車の運行が止まってしまったのだ。今は駅員たちが掃除機で肉片を吸ったり、吹っ飛んだ腕を探し回ったりしている。放っておいて河童に食べられると厄介だからだろうけど、今時誰もそんなの気にしてないと思うんだが。

 キリウは携帯ラジオに繋いだ出力装置を耳にかけようとした。何かを聴きたかったわけじゃない。だいたい、替えの電池を食ってしまったせいで何も聴こえやしない。無を聴きたいって発想も気分じゃない。ただそうしたかっただけだ。

 でも急に意味が無いことに気づいたので、ベンチでむくれてるコランダミーを見やった。

 彼女は今日も、その手に抱えたぬいぐるみのようなものを針で繕っていた。近頃の彼女は、暇さえあればずっとそれに勤しんでいるようだった。

 そのぬいぐるみのようなものが、実際のところ何であるかは分からない。メロンパンの下半分? カラの消火器? 中古の鍵? 変な話、本当に何だか分からないのだ。おそらくコランダミー自身以外では、キリウを含めたこの世の誰にも分からないのだろう。

 世の中には時々そういうものがあって、それは子供の目にしか見えなかったりする。ちょうど、線路の向こうに続く白と黒のがれきの地平線の存在を、大人たちが気にしないように。

「コランダミー、それなに?」

 聞いても答えてくれないですし。

 この時、キリウはようやく、コランダミーの耳元にも何らかの器機が絡まっていることに気づいた。

 これまで彼女が音楽だの真言だのをひとりで聴いているところを見たことが無かったキリウは、にわかに色めき立った。コランダミーの小さな耳を塞いでいるそれは、ジャンクの山からでも拾ってきた剥き出しのメモリーチップか何かのような風体をしており、二度見しなければならなかった……が、罠だ。いま二度目を見てはだめだ。

 キリウはそれを指でつついてみようとして、やっぱりやめた。いきなり触って怒られたら、もう生きていけない気がしたからだ。代わりにコランダミーの前に分度器を差し出してみた。

 すると彼女はぱっと顔を上げて、先ほどまでの集中力が完全に消え失せた目でキリウを見た。

「キリウちゃん、測ってほしいの?」

「うん」

 キリウがそう答えると、コランダミーは耳元のものを外して――耳の中からずるずると引き出された、肘から手首くらいの長さがあるケーブルをぐしゃぐしゃ丸めて、鞄に――。

 それを確認した瞬間、キリウはコランダミーの顔の正面で両手の平をパチンと鳴らした。

 びっくりして固まったコランダミーの手の中のものを、キリウはもう一度見た。それは上から下まで、ただの糸電話に変わっていた。

「コランダミー、見えてたよ」

 キリウがそう言いながら自分の耳元をひっぱる仕草をして見せると、コランダミーは恥ずかしそうに頬に手を当て、えへへと照れた素振りをした。

 どうもこーゆーところがあった。ここのところのコランダミーには。

 それともキリウが『見た』からなのか? コランダミー自身は何も変わっていなくて、キリウの目に映る彼女が変わってしまっただけなのかもしれない。知らなければ気づきもしなかったような粗が、今になって見えているだけなのかもしれない。

 彼女が、たぶん……ぬいぐるみのふりをしていたことについて。

 ……いや。

 あれ?

 ていうか。

 そもそもコランダミーって、何?

 

 なんだと思ってた? まさかみんな『人形少女』で納得してたのか!? だいたい人形少女って、なんだ!!

 本当に何なのか分からないのは、コランダミーの繕い物じゃなくて、コランダミー自体だ。ずっとずっとコランダミーと一緒にいたのに、何故かいま唐突にその事実に気づいてしまったキリウは、脳が焼き切れそうになった――んだけど、こんなとこで焼き切れて周りの人に迷惑をかけるのもイヤだったので、棒立ちのまま黙ってごまかした。

 そんなキリウのぴんと張ったひじの内角を、無慈悲に分度器で測るコランダミー! 人形少女のコランダミー! あああああ!!