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126.電波塔の煮つけ

 ひときわ遠い岬に白く輝く灯台が、と思うて考えなしに訪れてみると電波塔だった。よくあることなのだろうか?

 その骨のような構造物の地上数メートル付近に腰かけて、ひとり青い海を眺めているキリウ少年がいた。彼は列車の席で手編みして作った麦わら帽子を頭に乗せていた。その上に、さらに居心地の悪そうなトランが乗っていたが、だからなんだということはない。キリウがトランを連れてこようとしたわけではないし、トランもキリウについてこようとしたわけではなく、結果的にそうなっているというだけだ。

 ここ数日のキリウは、麦わら帽子を編む以外では、もっぱら世界の実在性と火炎瓶のことを考えていた。しかしそれを他人に話して武装主義者だと思われたら癪なので、心を閉ざしがちだった。彼はただ世界に火をつけたいだけで、世界に火をつける仲間が欲しいわけではなかったからだ。

「何してんの!?」

 そんなキリウの姿を見つけて、すっぽ抜けたような声で叫んだ男がいた。ジャンパーを着込んだ若い男だった。大きな機械を引きずってきたそいつは、上を見て大層びっくりしたようだった。

 そうした男の大声にキリウも同じくらい驚いていたので、危うく靴が脱げるところであった。慌てたキリウは「俺が太陽光発電をしてるように見えるのか?」などと嫌味を言いそうになったが、失礼な気がして躊躇った。結果的に男をシカトする形になった。

「どこの子ォ?」

 にも関わらず、男はまだ何やら言っている。心が痛んだキリウは、声を張り上げて渋々返事した。

「遠くから来た。何もしてなーい!」

 それを聞いた男は大げさに頷いて、声高に「あーびっくりしたー」とぼやいた。他意は無いのであろう。

 男が地面に置いた機械のセットアップを始めたので、キリウは靴紐に触るふりをしながら、こっそり上から眺めることにした。その機械はプラズマカッターで、電波塔を囲う金網の外に停められたトラックの荷台から電源ケーブルが延びていた。

 もっともそれがプラズマカッターだとキリウにも判ったのは、実際に男が派手な音と火花を散らしながら電波塔を切り出し始めた後のことだった。男は切り落とした電波塔の一部を拾い上げては、割った薪のように傍らに積み上げていた。電波塔の内側にランダムに張り巡らされた白い骨の中から、比較的採りやすそうな細いものだけを切り出しているようだ。

 しばらくして用事を思い出したキリウは、プラズマカッターの轟音にまぎれて地面に降り立った。そしてそっと男の後ろに立ち、きりのいいところで急に話しかけた。

「何してんの?」

「うお!」

 男はまた大げさに跳び上がった。何事かと溶接マスクを外した男に向かって、キリウも麦わら帽子をちょっと取って会釈した。

「それ切ってどうするの?」

 尋ねるキリウをよそに、居場所を引っくり返されたトランがふわりと浮かび上がって飛んでいく。常に不満げながら物言わぬトランは、キリウの良き隣人であった。すかすかになった電波塔の内側にしがみついて、虫のようなトラン。

 一方の男は上から下までキリウを眺めた。その目に一瞬だけ覗いた厭わしさは地味にキリウを傷つけた。男はいそいそと小骨の束を台車に積み込みながら答えた。

「食うんだよ」

 食うんだ、とキリウは納得したのに男は矢継ぎ早に口を開く。

「あーそうか、少年の故郷では電波塔を食わねえんだ。ここらへんでは煮て食うよ」

 男は台車から端材を一本取ってキリウに放った。キリウがキャッチした白い金属の骨は、焼き切られたために両端が真っ黒になっていた。ふいにキリウは焼き切られた自分の腕の幻覚を見た。

「それ丸二日茹でこぼしてよ、最後にモノグロの油を入れて煮込めばすぐよ。砂糖としょうゆで味をつけたら飯を三合は食えるね。そいじゃあ」

 小骨をしこたま積んだ台車を押して歩いて行こうとする男の頭を、キリウは後ろから端材でぶん殴って叫んだ。

「嘘つけ泥棒!! 電波塔返せバカ!」

「あぁ嘘!! ごめん!! ごめん!!」

 そう喚きながらも男は舌打ちして、キリウに向けて派手に台車を蹴り倒した。そのまま金網の破れ目から外に転げ出て、電源ケーブルを全て引っこ抜いて、トラックに飛び乗って逃げて行った。

 キリウはため息まじりに無数の小骨を拾い集めると、接着剤で適当にくっつけて電波塔を直し始めた。改めて見ると、ここにある全ての小骨を納めても、電波塔の骨密度は到底足りないようキリウには思えた。おそらくあの男が金属を盗みに来たのは初めてではないのだろう。むかっ腹が立ったキリウは、放置されているプラズマカッターをパイロキネシスで爆破した。そして思い出したように、骨の接着面も溶かして綺麗にした。どうやらキリウが世界に火をつけるのにマッチは要らないのかもしれない。

 それにしても俺は何をしてるんだろう? ふとキリウが上を向くと、トランが大きな一つ目でキリウを凝視していた。ヨダレを垂らしながら……。何か言ってくれよ。

 びゅうと強い風が吹いて、頭に乗せていただけの麦わら帽子が攫われていった。トランが乗っていてくれなかったせいだ。キリウの心は水晶のように冷たくなっていた。遊んでる場合じゃない。深淵から見つめ返すアルバイトに行かなくちゃ。